2004年03月31日

訃報欄

 地元新聞の訃報欄に高校1年生の時の担任だった先生の名を見つけた。
77歳、肺炎のためとある。
現代国語の先生で、弓道部の監督もしていた。非常に物静かな真面目な先生だった。

 この先生に職員室に呼び出されたことがある。
初試験の成績が非常に芳しくなかったためだが、「何かあったんですか?」と心配をかけたようだ。三百番以上順位を下げた例はあまり無いという。
実は風邪をひいて高熱なのに無理に受けた試験だった。
しかし成績順位にはびっくりした。(未だ同期の陸上部では語り草である。恐怖の○百番台経験者ということで)
自分より下には数人しかいない。オッソロシイ高校に来たもんだと思ったものだ。

 しかしそれ以来、成績はイエローサブマリン(深く静かに潜行せよ)で浮上せずに高校生活を終えてしまった。高校内での生活はいつもブルー(グレー?)だった。

 今でも時々車で高校の前を通る時もあるが、懐かしさはまるで感じない。校庭で部活をやった連中はケヤキの大木が懐かしいと言うこともあるが、こっちは信夫ヶ丘競技場のほうが懐かしい。
故に出身高校はありそうで実は無い「信夫ヶ丘高校」としている。

ともあれ、石幡先生のご冥福をお祈りします。
posted by 山口屋散人 at 20:50| 福島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする