2004年11月29日

何じゃこりゃー!

gikogiko

へッピリ腰で鋸を動かしているのは小生である。昨日のことだ。
何でこんな所でこんなことをやっているかと言うと、
下の画像のような按配に遭遇してしまったから。

annremaa

前から栗子山の山頂に登ってみたいと思っていた。
三角点のある場所が山頂だと単純に思っているから、この1216Mの一等三角点を目指した。
今までは栗子隧道が終点であったが、ここからの出発になる。
地形図上では直線で結んで3KM。高度は350Mほど稼がねばならない。
結果は途中でギブアップ。
強風と霰と絡みつくようなブッシュに行く手を阻まれた。

思えば、上の画像が暗示している。(二ッ小屋隧道の百米ほど手前で)
出だしから不調であった。

posted by 山口屋散人 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2004年11月27日

放下着?

片付けなければならない仕事は山ほど溜まっているのですが、
全部ぶんなげて、山のテッペンの三角点を見に行くことにしました。
明日、早いのでオヤスミなさい。
posted by 山口屋散人 at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2004年11月23日

これで身上つぶした?

日曜日の朝。
万世大路工事資材運搬路を辿る探索隊のサポートに出る。
(東栗子トンネルから烏川橋まで隊員を送る役目。
 これで40分ほど時間を短縮できる。)
葉が落ち、雪の積もる前の残された僅かな期間しか出来ない探索だ。
しかも日暮れは早い。

前夜(土曜日)何かにと寝るのが午前1時になってしまった。
朝6時集合なので5時20分には家を出る、と考えると
4時半起き。まぁ3時間寝られりゃ、と思ったが、子供の遠足と同じで
興奮して寝付けない。遅れるわけにはいかないので、ウトウト、はっ!
うとうと、はっ!の繰り返し。
結局4時には起きだしてしまった。

karasugawabasijo

10時過ぎ、一路会津若松市へ。
一箕町の会津大学の近くの秀安寺というお寺が会場だ。
ここは小原庄助さんの墓があることで知られるお寺である。

お寺に到着し、まずはご挨拶をせねば酒を飲めん、と墓参りをすることにした。
ちょうど住職の奥様が庭掃きをしていたので場所を尋ねる。
案内してくれる、というが小生、そんな大物ではない。
「だいたいの場所を教えてくだされば自分で探します」と言うと
「無理だと思います」とのこと。
案内板も何もないし、自然石の墓なので風化して字は判読不能だと言う。

小原庄助さんといえば、会津磐梯山で唄われる超有名人ではないのか?
それに会津は観光都市なのに何故案内板が無いのか聞いてみた。
住職の奥様の答えにハッとした。
お墓ですから」 ・・・ なるほど。
近くには子孫の方の墓地もある。現在も会津にお住まいだそうである。
結局、奥様に案内してもらうことにした。

oharasyousuke

このお墓、何かに効くとかの俗信が流行り、ずいぶんと削り取られたとのこと。

で、何しにここまで来たのかというと、これです。

makkouhou-1

佐藤良彦先生(真向法協会の副会長)の講義を受けてきました。

この後、東山温泉のホテルで懇親会があり、帰りは女房の運転にひやひやしながら帰還。
万世大路探索隊は大成功、全員無事ご帰還とのこと。翌日に知りました。




posted by 山口屋散人 at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2004年11月20日

一枚の写真?

既に語り尽くされた感のある万世大路だが、未知の部分もある。

昭和8年から11年にかけてのいわゆる昭和の大改良、資材物資の運搬路が山中に造られた。
杜撰な図上での計画であったらしく難航を極めたのは、
いつの世にもあるエライさんの思いつき独りよがりか?

一枚の写真が残されている。
山中深く100米もの切り通しを切削した現場写真である。

kiridosi

トロッコに乗って笑顔の写真だが、この場所がどこにあるのか、
そういう思いのメンバーが集まり、探索隊が結成された。
明日、出発である。(メンバーは各県からで数名規模)

小生、明日は所用があるので、残念ながら参加できない。
しかし、早朝のサポートには参加する。(行きてぇ〜)
posted by 山口屋散人 at 16:43| Comment(2) | TrackBack(0) | ちょいTrip | 更新情報をチェックする

2004年11月18日

十万劫(ジュウマンゴウ)?

先週の日曜日のことだが、近くの十万劫山に登ってきた。
福島市の人間は「ジュウマンゴウ」と発音するが、
地図では「ジュウマンコウ」又は「ジュウマンコ」と濁らないみたいだ。
この市内から東にある山はでっかいパラボラアンテナが立っているので、すぐ分かる。

yamamiti

三等三角点428Mの山だが、けっこう楽しめる。
有名な花見山から登ることも可能だが、別ルートをたどった。

santyo

息が切れるほどの傾斜でなく、適度の運動量である。

午後の2時近くなってから出発したので、
(お昼近くまで二日酔いのため寝ていた)
帰りの下りは夕暮れがせまってきた。
たかだか知れた山であるので、
「多分、あそこの道につながるハズだ。」と別の道をたどる。
道は途中で無くなっていた。
おまけに獣の足跡がある。
蹄の跡が読み取れるのは?(もしやしてイノシシ?)
仕方なく沢に降り、向こう岸に渡る。
身長ほどもある葦の茂みを分け入ると穿り返したあとがある。
(やっぱ、イノシシか?ヤベェ〜)

tameike

遺跡も発見!
ため池の跡地のようだ。
この山は、雨乞いの山とのことなので、
昔の人は水に苦労したのだろう。


posted by 山口屋散人 at 16:19| Comment(2) | TrackBack(0) | ちょいTrip | 更新情報をチェックする

2004年11月15日

仕込みの日?

お昼は混んで、何人ものお客さんを帰してしまった。
しかし、一時半を過ぎたら閑古鳥がアホォーアホォーになってしまった。

こういう時は仕込みに限る。
そろそろやらなくては・・と思っていた「けんちん」を仕込むことにした。
(と言っても、ほとんど全部女房一人であるが・・小生は役立たず)

kentin

例年ならとっくにやっているのだが、今年は遅い。
野菜がバカ高いからだが、そろそろ落ち着いてきた。
いくらなんでもソロソロやらねば・・

「けんちん、まぁ〜だぁ〜?」
と来るたびに催促していた飯野町の歯科医のI先生がなつかしい。
当時、県歯科医師会の専務理事をされていたのだが、突然の難病に冒され
去年の春に亡くなられた。

I先生、今年も出来たよー。

posted by 山口屋散人 at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2004年11月13日

いよいよ新蕎麦?

来週から否応無く、この新蕎麦を使わなければならない。
(確保していた手持ちの在庫が無くなってしまった。)
例年とは違う。
いつもは「新そば」と緑のスタンプも鮮やかなのだが、
今年はちと元気がない。(ように見える)
おまけに変なマークも付いている。

sinnsoba1

「何だい、これは?」と粉屋さんに聞くと
中国のマークだと言う。
北海道からの内麦が激減の影響を受けて、
中国物を混ぜる、とは聞いている。
(だからと言って、中国のマーク??)

「どうだい、評判は?」と聞くと
「今のところ、苦情は来てないみたいですよ。」と、
親父の代からの付き合いの配送係のA氏が言う。

大雑把に言って、蕎麦粉は一番粉とか二番粉、三番粉と分類される。
これは明確な基準はないので、あくまで概念的、観念的なものである。
当店の場合、かなり白い蕎麦粉を使っているので、
「一番粉ですか?」とお客さんに聞かれることがあるが、
小生の感覚で言えば、1.5番粉である。

この粉屋さんの場合、色合わせはきっちりとやってくるので、
白い黒いの心配はないはずだ。
問題は、「まずくねぇだろうか?」ということだ。

蕎麦なんて、それ自体はそもそも旨い食い物ではない。
(何も浸けずに水だけで味わってください・・という蕎麦屋さんは
何か勘違いしてやしません? 小生はゴメンだ。)

案外、「こっちの方がうまいじゃん!」・・というかすかな可能性に期待!
・・という甘い期待を抱かず、袋を開けてみよっと。
posted by 山口屋散人 at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2004年11月12日

オニギリ?

悪貨は良貨を駆逐する。

「ちょいモリ」をためらうのは別の理由もある。

onigiri

画像はうちのお客さんならお馴染みのおにぎりである。
これで百円は高いのか安いのか分からないが、
(原価割れはないだろうが、手は掛かっている)
麺類の腹ごたえの悪さを補うものとしては最適だ。(と思う)

事実、お昼時は「鴨なん蕎麦+おにぎり一個」とか
「カレー南蛮蕎麦+おにぎり一個」がよく出る。

問題は例えば、○○蕎麦をお客さんに出した途端に
「あっ、それからおにぎり一個ね」とやられることだ。
注文を受けてから作るので、繁忙時これには参る。
こういう、くせ?の悪いお客さんが何人かいる。

断るわけにはいかないので、(本当は断りたい)
「今入っている注文の一番最後になりますがよろしいですか?」
と了解をもらうようにしている。
(しかし、この手のお客さんにとっては非常に不満らしい。)
「この蕎麦が出るまで待たされて、また待たされるのか」
ということらしいが、一人のお客さんのためにいつまでも
時間をとられる訳にはいかない。
(他のお客さんだって腹を空かせて待っているのだから)

いっそサッパリ、こういう時は断ってしまおうか・・。
お医者さんじゃないから応依頼義務は無いことだし・・・。
誰だ!「お客様は神様だ」なんてぬかしたのは。




posted by 山口屋散人 at 22:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2004年11月08日

ちょい?

こういうのがあったら・・・

実は5年も前から商品化しようとして
果たせないでいるものがある。

それ(商品)用の器もそろえたのだが、思い切れないでいる。

tyoimori

この品である。
名称は「ちょいモリ
(もたもたしている間にバイクで「ちょい乗り」というのが出てしまったが。)

冬季でも蕎麦好きなお客さんは冷や物を食べたがる。
「寒いから熱いの食べるか、でも冷たいのもチョット食べたいな」
という時に、プラスアルファのメニューでどうかな・・と。
量的にはモリ蕎麦の半分強はある。
勿論、熱い蕎麦でなく他のメニューとの組み合わせも自由だ。
値段は200円を想定していた。

麺類の特性上、熱い物の「ちょい○○」は無理だが、
冷たいものなら何とかなるのではないだろうか・・・
とは思っているのだが、日の目を見ていない。

暇な時はともかく、忙しい時に対応できるのか・・・
ちょっと自信が無いために、未だにオクラいりのままである。
posted by 山口屋散人 at 23:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2004年11月05日

あら、金ちゃんだ

今日(5日)になって昨日の地元新聞を見た。

新潟中越地震災害で陸上自衛隊が出動しているが、
その隊長が福島市出身だという記事を見つける。

kintyan

新潟県知事と握手しているのは「金ちゃん」だった。
F高校陸上競技部の一年先輩である。
彼は投擲の選手だった。円盤投げでIH7位だった記憶がある。
群馬県前橋市でのIHでは福島県選手団の旗手を務めたハズ・・
(小生は出場できなかったので・・見てない)

彼の体格は北海道のヒグマみたいだが、実にくりくりした目をしている。
(シルベスタ・スターロンと似ている目をしている。)
投擲の選手だが、なかなか速い足ももっていた。
当時、百米を12秒前半で走っていたくらいだから下手すりゃ負ける。

初めて彼を見たのは、中学校の時で中体連の県北大会だった。
先生に連れられ、風呂敷包みをかかえてノッシノッシとやってきた。
そして見たこともないデッカイおにぎりをパクついていたのには驚いた。

高校に入って陸上部に入部したら、その彼がいた。
新入生の教育係を任されていて、我々にとって鬼軍曹さながらであった。
(実際の彼は厳しいがやさしい人である。)

OB会で会ったのは10年以上前だろうか。
「階級は何になったの?」と聞くと
「ウゥー、俺はちょっと出世が遅れている」なんて言っていたが
無事、一佐(大佐)には昇進したようだ。

ちなみに彼の実家は松川町でコンビニをしていると聞いた。

posted by 山口屋散人 at 20:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2004年11月04日

モウはマダなり

月が替わればツキも変わるかも・・と書いたら、
一日から訃報が二つ。組合の関係者と親戚。

夜、メールを開くと神戸のK氏から久々の便り。
大学は違うが調布市の市民手話サークルで一緒に活動した仲間だ。
小生より二つほど年上だったはずである。
その彼が四月に脳梗塞を患い、半身に障害が残る結果となったらしい。
10日ほど前にようやく会社に復帰したとあるので、ひとまず安心だが、
構音障害が残ったとの話。電話には出られない・・と続く。

おそらく右手一本でメールを書き込んだのだろうが、
三日たっても返信はまだ書いていない。
何て書いてよいのか・・・。

posted by 山口屋散人 at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする