2005年05月31日

蕎麦屋のオヤジは

kamado

有り合せの道具で何を作っているのかと言うと
そば釜の石油バーナーの部品である。
缶コーヒーの空き缶を利用して細工する。
(空き缶は近所の自販機から拾ってくる)
→(缶コーヒーは殆んど飲まないので)
→(拾っているのを人に見られるとヤバイ)

何故、こんなことするのかと言えば、そば釜の部品は
ほとんどがハンドメイドのためバカ高いからだ。
只の空き缶を細工すれば、上手くいって2ヶ月は持つ。
時々、釜の底の煤払いを兼ねて作ればよい。

石油バーナーは消耗部品であるので
釜屋さんは「長持ちしてますねぇ」と感心しているが
「そうねぇ」と空とぼけている。
蕎麦屋のオヤジをあなどるでないぞぉ。
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2005年05月30日

高松山

takamatuyama

ごく近所の山、岡島の高松山(195M)に外の空気を吸いに出る。
水掛祭りで有名な鹿島神社から登っていく。
例によって誰もいない。
鹿島神社の奥の院が山頂にあるのだが、お祭りでもなければ
登る人などいないのだろう。
しかし、展望の良い山であるし、その割りにお手軽である。

soudennsenn

送電線があれば、鉄塔と鉄塔を結ぶ道が必ずある。
その道を利用して周回することにする。

kosiabura-a

途中でコシアブラの若木を見つける。
これでは芽がいくつも出ないので、採取は無理だ。
「あのネ、あんたの父ちゃんか、母ちゃんはどこにいんの?」
と聞いても、知らんぷりで風に揺れている。
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2005年05月27日

体調いまいち×3

大会から三日たっても、体調がまだ戻りきらない。

そもそも深夜に部屋に戻ると、空いている布団がない。
(むむ・・オカシイ?)
仕方なく隣の部屋の空き布団に潜り込む。
慣れない枕をあてがい、眠りにつこうとする。

が、ぎゃお〜

ここは名だたるスペシャルルームだったのだ。
「ガァーピー、ガァーピー」
「zzz・・zzz・・」
「う・う・うるせぇ〜

かくして寝られず、悶々とするはめに。

takobeya

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2005年05月26日

ギネス・ハンド?

5〜6年に一度回ってくる業界の県大会開催。(来年はいわき市)
地元の人間は接待役に回るので容易ではない。
予算もかつての6割にまで減額されている。直会と称する慰労会も出来やしない。
良い所が何も無いのが良い所という按配だ。

懇親会では(これが実質的な最大イベント)このBLOGでも御馴染みの髭なし理髪師さんに応援をいただいた。
組合メンバーのふりをしてもらって、エレキの演奏をしてもらったのだ。
組合のハッピを着てもらって、前掛けをつけて・・という具合。
バンドの紹介も「我が組合が誇るオヤジ・ベンチャーズですぅー」

おやじベンチャーズ

二次会の設定も大事な仕事。
実行委員は強制的に駆りだされ、ご案内申し上げなければならない。
二軒目の店で、同じ実行委員の土湯温泉のこけし工人でもあるJ氏と一緒になる。
ふと彼の手がやたらとゴツイことに気が付いた。
ギネスにも載るという3メートルのこけしを造った、ゴットハンドならぬギネスハンドということになる。

ギネスの手

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2005年05月22日

節句働き?

koho

せっかくの好天の日曜日だというのに、PCに向かって半日も過ごしてしまった。
ギリギリにならないと動かない小生の性格のためだ。

明後日、飲食業界の県大会が福島市で開かれる。
正式名は福島県飲食業生活衛生同業組合という長い名である。
この大会のためのチラシのような物を作らねばならなかった。

どうも構図や文が思い浮かばず、久しぶりのDTPソフトもすっかり忘れている始末。
こりゃーひょっとして「申し訳ありません」と頭を下げねばならない羽目に・・
とまで考えたが、何とか誤魔化せそうだ。
しかし、頭の形が三角になった。

posted by 山口屋散人 at 22:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年05月18日

北京晴天


昭和62年のことだから、今から18年も前のことになる。
小生の唯一の国外経験である中国へ飛び立ったことである。
なんのことはない。
蕎麦屋の全国組織の大会が北京で開かれたのだ。
日本から千人を越える蕎麦屋が中国へ渡った。

小生は最短の北京三泊四日のコースだった。
万里の長城を見に行ったのである。(大会などどうでもよいのだ)

長城を見たので、こんどは北京の街中を歩いてみたかったが、
観光名所だけを点と線で結んだコースが設定されているだけで、
何故か自由な時間が持てなかった。(当時としては当然か?)

そこで茨城県の蕎麦屋さんと二人で脱走した。
(お陰で明の十三陵は見損なった)

西単といわれる繁華街を歩いた。(六月の北京晴天)
喉が渇くとアイスキャンデーを買ってしのいだ。
財布を開いてアイスを買うと、「全部買ってくれ」と言う。
小生の財布には日本円にして5万円分の兌換紙幣が入っていた。
その当時の中国国民の年間所得に匹敵したのだから、
そう言いたくなるのかも知れない。

福島市からは6〜7人参加したのだが、他の人達は
さらに二日ほど長いコースで、上海や、桂林にまで行った。
ついでだから無理して、小生も行けばよかった。

moutakutou

最近、小生のこのブログにコメントをいただく寅次郎のパパさんは
上海で常駐、仕事をなさっておられる。(福島市出身だそうだ)
行きそびれた上海の風景が見られるのがうれしい限りだ。
(寅パパさん、画像パクリました)
posted by 山口屋散人 at 00:41| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑事 | 更新情報をチェックする

2005年05月16日

おでん?

ごく近くに「おでん」というリサイクル店がある。
正確には「オーディン」(odin)というらしい。
北欧神話の神の名だそうだが、
山口屋的には「おでん」と発音する。

ちなみに
エベレーター、ヘコリプターというのは標準語だ。

先週、「書を捨てて街に出でよ」をパロったエントリーをした。
そしたら「おでん」にありました。しかもレジの近くに。
初版本で何と30000円もの高値がついていた。

寺山修司という人の本は読んだことが無い。
この人は競馬のコメンティターをやっていた時、
福島を馬鹿にした発言をしたことがある。
当時、メジロフクシマという馬が走っていた。
その他にもメジロナガサキとか地名の入った馬がいたのに
彼はこう言ったのだ。
「なんで福島なんて冴えない名前をつけたんでしょうね」
(おめぇは青森のどこだぁ〜)

それ以来、このずーずー弁の男の本は読む気がしない。

まぁ、円谷幸吉の遺書を絶賛したので
許してやってもいいのだが、縁がない。


posted by 山口屋散人 at 20:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年05月12日

磨いても光らず

例年、五月の連休を過ぎるとドーンと蕎麦粉の質が落ちる。
今年の場合、去年の不作のため、中国産の粉を相当量混ぜてあるそうである。
そのせいか、ドドーンと落ちた。
食べても旨くない。特有の甘味もない。
コシもない。ただ固いだけのような蕎麦だ。

では、国内産を使えばいいじゃないか、というと
そう単純なことではすまない。
少し古い数字だが、国内消費量12万トン、うち国内生産量2万トンである。
しかし、国内産として流通している蕎麦粉は4〜5万トンと言われている。
そうとう力のある蕎麦屋でないと、良質の粉を求めるのは困難だ。

ここ一月あまり、思いつく限りのことを試してみた。
加水率、練り具合、その他。
やってみて、思い当たった。
この蕎麦粉は水分含有率が低いのではないか。
いわゆる「風邪をひいている」というやつだ。

何年か前、県内の某地で新蕎麦祭りをやった時の裏話がある。
東京の有名蕎麦店の名人と言われる人が呼ばれて、その技を披露することになった。
地元の人間がその時、悪戯をしたのである。
蕎麦粉にわざわざ「風邪をひかせ」たのである。
名人、一度でつながらず、「あれ?」と言いながら、二度三度とやったそうである。
それを地元の人間がくすくす笑ってみていたというのだ。
気分の良い話ではないが、そのことを思い出した。

「風邪をひいた」蕎麦粉は元にはもどらない。
まりりんもんろーノーリターンなのである。

とはいえ、明日もまた蕎麦をつくらねばならない。

それでなくとも
気難しい、愛想がない、きぶくさい、と言われている
小生が、ますますそうなってしまうでないの。ねぇ。
posted by 山口屋散人 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2005年05月11日

赤岩にて2

そこを歩いていて、川の存在を感じたことはない。
が、今回はうるさい位の音を立てていた。
降雨の後ではないので、雪解けの水ということだろうか。

全国的にみても、川の名に「松」と付いている川は
魚の棲まない川と思ってよいそうである。
この「松川」も魚の棲まない川である。
そういう川は好きではないが、
今日の川は雪解け水のせいか、綺麗に見えた。

yukidoke

初代の松川橋梁の跡地に向かう。
所々に皮を剥かれた細い樹がある。
カモシカにかじられたのか、と考えたが、
高いところまで歯型があるので、猿だなと思った。
今年は雪が多かったせいか、エサに苦労したのだろう。

juhi

猿は、やたらに出会う年と全く会わない年とある。
去年は全く会わなかった。
帰りがけ、今年初の猿に出会った。
あわててカメラを取り出したので、画像はイマイチ以下である。
ポーズは最高だったのだけれども・・

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posted by 山口屋散人 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょいTrip | 更新情報をチェックする

2005年05月10日

赤岩方面にて

何かと春は忙しい。
ここ数年、山野草(特に春に咲く)を見るのが楽しみになった。
山菜も取りに行きたい。(密かに穴場を探したい)
専門?とするガサ藪歩きもハイシーズンなのだ。

全部は無理なので、そこそこ楽しめる赤岩方面に出た。

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ここら辺りのシラネアオイは色が薄い。
この花など、ほとんど白である。
この花は斜面に咲いていることが多いので、
写真を撮るのは容易でない。
しかし、この時期のもっとも好きな花である。

5gou-zuidou

断崖にぽっかりと穴を開けている廃トンネルの5号隧道。
岩つつじが咲くと見事なのだが、ここはチト早かったようだ。

hasira

ガッカリしたのは、およそ百年前の7号隧道の横坑。
左側の壁柱が崩れてしまった。
今年の2月に雪の中を来たときには、まだ健在だったのだが。
こうして段々と自然に戻っていくのだろうか。
posted by 山口屋散人 at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょいTrip | 更新情報をチェックする

2005年05月05日

書を捨てて山に出でよ?

手近のところにコシアブラなどないだろうか、と
渡利の山中を彷徨する。
(信夫山は競争が激しいし、傾斜がきつい)

行く手に「や、やっ!」第一山人発見。しかもファミリー。
この辺りの持ち主か?
ちょっとバツが悪いが「こんにちは」と接近する。

山中

さすれば、あれ〜?
中学時代のクラスメイトだった。(現在、某高校の教頭)
このあたりの山は彼の持ち物だそうだ。
山の手入れのため、よく来るそうである。

掘り出したばかりの筍をいただく。
(コシアブラが筍に化けた)→(まさしく絶品の味だった)

聞けば、水芭蕉もあると言う。
さっそく見せてもらったのだが、お化け水芭蕉だった。
こんなにも大きくなるものらしい。

水芭蕉
posted by 山口屋散人 at 22:35| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年05月02日

古川or古河?

福島市の洋食屋さんの代表的なお店のご主人が亡くなった。
20年ほど前、何かというと組合の三人の長老に「金魚の糞」みたいにくっついて飲み歩いたことがある。
色んな事を勉強させてもらった。
これで三人の中の二人までが故人となってしまった。

昨日のお葬式の導師は浄土真宗、康善寺のご住職だった。
葬儀が終わり、会場から歩いてすぐの康善寺へとむかった。

furu1

ここは西根堰の立役者、古河善兵衛の墓がある、というより
彼の創建になるお寺である。
旧米沢街道の李平の宿跡に馬上にて切腹したという
「古河善兵衛自刃の地」の木標がある。
いつの間にか立て替えられて現在では「古川」となってしまっている。

サンボン川か、サンズイ河か、どちらが正しいのか
ずっと気になっていた。
大概の場合は、河の方である。

furu

寛永の時代であるので、読み取りにくいが
墓石には「古川」と見える。
「古川善兵衛」がどうやら正しいようである。


posted by 山口屋散人 at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島 | 更新情報をチェックする