2006年12月12日

宿題の消化

長床1ポスター

商店会や頼まれた物など、お店の壁に貼り付けることがある。
それでもたまには自分ですすんで貼る物もある。
上の画像がそうである。

11月の最後の日曜日、喜多方方面に出かけてきた。
いつか訪ねようとして、何年もかなわないものを
消化するつもりだった。

長床1

本当なら公孫樹の落ち葉は片付けられているそうだ。
それが、テレビの全国放送のため、この日まであったらしい。
お陰でシーズン外れでも雰囲気を味わえたのはラッキーか。

娘が会津坂下町に居た三年の間、何度も前を通りながら
ついぞ行く機会に恵まれなかった慧日寺跡。
こうしてわざわざ出かけてくることになった。

慧日寺戒壇跡1

しかし、西暦800年代初期にここと京都の最澄、空海と
どうやって書簡の往復をしたのだろうか。
真面目な最澄は論争にさんざん悩まされ、それが著作に向かう
エネルギーになり、政治家の空海は懐柔策をとらざるを得なか
ったという稀代の快僧がこの会津の地に下ってきて、この地に
大伽藍を造営していたなんて、不思議な気がする。
もっと、徳一つぁんは有名になっても良いのになあ。

徳一大師坐像
posted by 山口屋散人 at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょいTrip | 更新情報をチェックする