2007年07月22日

町なかのお散歩

朝方までの強い雨を思うと、あがったからといって
出かける気にはなれない。
といって、このままダラダラと過ごすのももったいない。

街中での気になる宿題もあることは・・ある。
その一部を用達することにした。

御倉町というのは、旧市内に住んでいながら、何と読むの
か分からない。あまり耳に入ってこない町名だ。
だから今日まで「みくらちょう」だと思っていた。
「おくらまち」が正しいそうだ。

その町にある「旧日銀支店長邸宅」を見に行った。

何となく米沢の上杉子爵邸に似ている気がした。
歪みのある昭和初期の窓ガラスなどが同じだ。

一番感心したのが、門を入ってすぐにある、この小屋。

DSCF0783.jpg

人力車の車夫が待機する小屋。まさに権威の象徴のようだ。
一間X一間半で奥に雪隠という造りである。

奥のトイレと思われる戸を開けてみると、アンチークな
朝顔便器が現れたのはよいのだが、ギャオオ〜!!
ゴキブリちゃんが数匹で運動会をしていた。

      犬

ついでに宝林寺という時宗のお寺に寄ってみる。
維新戦争の時の官軍側の墓か何かあったはずだという
記憶があったのだが、そのような案内はない。

境内には見事な公孫樹の木があった。

DSCF0790.jpg

隣接して小さな墓地があったのだが、古いお寺さんにつき
もののように無縁となった墓石が集約されていた。

DSCF0788.jpg

いくつかの石碑を読んでみると天明とか文化とか明治とか
読み取れる。
祖父母にして4人、曽祖父母にして8人、そのまた上に16人。
例え、血を引くとしても、代が下がればこんなもの。
自分の墓だって、せいぜいお参りしてくれる人がいるのは
孫の代まで、なんだろうな。
それ以下になると、こっちとしても「あんた誰?」だし。

一番良いのが阿武隈川にでも灰を流してくれれば、面倒が
無いと思うのだが、そうもいかないのであれば、こうやって
少しずつ消えていくのが良いのかも。
posted by 山口屋散人 at 20:31| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする