2011年02月26日

蓬莱岩と蓬莱発電所を見物

先週、松川の西光寺からの帰り道、見たことが無いと友人が言うので
蓬莱岩を見物に行った。

P2202428.jpg

福島で育ち、高校卒業までは福島市民であり、実家も市内に存在している友人が
いたく感激しておった。確かにここから眺める蓬莱岩は見事ではある。

   犬

ついでに蓬莱発電所にでも寄ってみようかということになった。
地図を見ると近くまで行けそうだ。

P2202472.jpg P2202470.jpg P2202480.jpg

何か無造作に・・という感じで近づくことが出来た。
そして見学者を想定しているのかどうか、タービンが展示してある。

P2202469.jpg P2202458(1).jpg P2202461.jpg

上流にある飯野町のダムで溜められた水が導水され、一旦発電所の上の調整池に
プールされ、そこから放水管の中を一気に下り、タービンを回す。
そして水流を弱められて、また静かに元の阿武隈川に帰っていく・・。

調整池.jpg P2202462.jpg P2202476.jpg

何とはなしに、人の一生を思った。
posted by 山口屋散人 at 00:01| Comment(10) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年02月24日

192分の16

DSCF4709.jpg DSCF4713.jpg DSCF4718.jpg

順位の付く試験など高校時代いらいではなかろうか。
ともあれ先月の福島通検定試験の採点結果が届いた。

自己採点通り88点だった。
90点以上獲得して、達人レベルに達した人は10人。
小生は2点不足して16位。
ということは1点不足で達人になり損なった人が5人いるということ。

小生以上に歯軋りして悔しがっている人が5人いることは、実ニ嬉シイ。
posted by 山口屋散人 at 08:56| Comment(3) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年02月21日

天明の大飢饉 松川の西光寺 人骨収集塚の碑

晴れの日曜日、友人と連れ立って、のんびりと松川町の西光寺に向かう。
ここに天明の大飢饉の時に、行き倒れの人々の遺骸を集め弔った碑があるという。

ネットで調べてみると、なんとあの眼鏡橋のすぐ上流にあるお寺さんのようだ。

P2202404.jpg P2202411.jpg P2202410.jpg

真言宗豊山派とあるだけで、その他の説明書きが一切無い。
庫裏に案内を請うまでもなく、探し回る。

本堂の西側から裏にかけての墓地を探し回ること数分。
かねて書物の上ではあるらしいと知っていた「とっくり」型の墓石にめぐりあった。

P2202394.jpg

酒が大好きで、身を持ち崩すほどでもなく一生を送った人なのだろうから、どこの寺の
どこどこにある、とあっても良さそうであるが、やはり人のお墓である。微妙に所在を
隠していることが多い。(だからこのお寺で出会ったと書いていいのか迷う)

とっくりの墓石を撮っていると、なんと住職がゴミ袋のようなものを提げて歩いてきた。
僥倖と言わずして、何と言う。さっそく天明の大飢饉の人骨収集塚碑の所在を聞いてみた。

P2202395.jpg

他の書物でみた碑は「これだっけかな?」と一応チェックしていたものだった。
あまりにも素っ気が無かったので「まさかこれ?」としていたものだったのだ。

住職に「案内板があるのかと思ってました」と言うと、「檀家さんや、その他の人にも
そう言われます」とのこと。では、何故にそうするのかという疑問もないではないが、
そもそも無縁の行き倒れの人々のお墓のようなものだ。観光資源ではないということ
なのだろうと勝手に解釈し、それ以上の質問は控えた。

会津若松の秀安寺に「小原庄助」さんのお墓がある。
あの歌に唄われた方と同一人物なのか、たまたま同姓同名なのか諸説があって、よくは
知らないが、そこにお邪魔した時に、住職の奥様に案内していただいた。
本堂からは階段を三階分くらい登って少し歩くという距離で恐縮した。
やはり、何故に案内板を出さないのか聞いたことがある。
「人のお墓ですから」というのが答えだった。

話を西光寺に戻す。
例の畳石山のお地蔵さんについて聞いてみた。
あのお地蔵さんの向いている方向は、僅かな誤差でこのお寺の方向なのだ。
しかし、その畳石山のお地蔵さんとこのお寺さんとは関係がないという。
「西方浄土」ということで、西を向いて拝むということもあり、向きを真東に
向けるということは多いという。このお寺さんも本堂は真東を向いているのだそうだ。
そして、それと同一かどうかはっきりしないのだが、やはり山中深く鎮座するお地蔵
さんがあるという。(だとしたら、えらいこっちゃ)

数分の立ち話であったが、別な話で、あのお墓は享保の一揆の指導者の一人ですよ、と
聞いた。(当然、何の案内板もない)

P2202401.jpg

享保の一揆は、二年前ほどだろうか、立子山の疣石峠まで訪ねたことがある。
そして佐原の太郎左衛門の義民の碑など、小生にも多少の縁がある。

打ち首獄門さらし首、になった首謀者以外にも、それに次ぐ数十名の追放された
人々がいる。その中のどうやら一人らしいのだが、その姓名に記憶は無かった。

自分が一揆に加わるとしたら、首謀者になどなれはしない。
ただのその他大勢か、義にかられて追放処分を受けた60数名の最末端くらいに
名を連ねられるだろうかと、妙に反省した。
posted by 山口屋散人 at 00:14| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年02月20日

またやるべかネ

00392.jpg

グレード・ワン競走だけは参加することにしようかなと考える。
投下資本は1000円。
馬券の種類は、その時、その時。

今回は三連単。
頭は「バーディバーディ」固定。
惜敗の2着馬は、「トランセンド」又は「シルクメビウス」。
3着馬は、上記の馬でなければ、その他の要は二流馬。

去年は一応当たっている。
さて、今年は?
posted by 山口屋散人 at 02:16| Comment(0) | けーば | 更新情報をチェックする

2011年02月17日

餓死地蔵

市内矢野目に天明の飢饉で建立された餓死地蔵があると聞いたので、行ってみた。

P2132370.jpg P2132380.jpg P2132377.jpg

P2132386.jpg P2132385.jpg P2132381.jpg

この頃は天明の大飢饉について図書館に行ったりしているのだが、うまく行かない。
posted by 山口屋散人 at 16:54| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年02月09日

巨大氷柱見学ツアー



写ってないのは小生だけ。少し長いです。
posted by 山口屋散人 at 17:15| Comment(2) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年02月07日

このごろの遊び

SANY0071.jpg SANY0077.jpg

少しご無沙汰しておりましたが、こんなふうに遊んでおりました。
posted by 山口屋散人 at 00:06| Comment(2) | 日記 | 更新情報をチェックする