2011年10月12日

梁川町の天神社まで

二日連続の見物道中。
本日は梁川町の天神社がメイン。
ついでと言っては何だが、途中あちこち立ち寄る。

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もちづりの虎ヶ清水に寄ってみたら、秋の田園風景と夏の名残り、そして土砂崩れ・・危ねぇ。

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保原町にも岩谷観音があるとのことで調べたら、以前うろちょろした淡島神社のすぐ上。
どうして気づかなかったのだろう。

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保原町の仙林寺に寄る。
ここに熊坂兄弟の石画碑が三つほどある。
全部で七つあるとのことだが、五つまでは確認した。

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本日のメイン、梁川天神社に到着。
すっきりとした清々しい感じがする神社だ。

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本日のメインはこの雪見灯篭を見物することである。
文化文政の頃(文化4〜文政4まで)、函館の松前藩がこの地、梁川に左遷されてきた。
米の取れる領地であるのは良いが、9000石と甚だ少ない。
貿易で潤っていた函館時代は実質数万石以上であったから、多くの家臣を召し放した。
そこで元を正せは藩主家の生まれである家老、蠣崎波響は当時、高名な画家として
知られていたので、せっせと絵を描いては幕閣に送り届けてご機嫌をとる。
何とか旧領地に戻してもらおうという思いからである。
それがようやく適って、喜んで寄進したのが、この石灯篭であるとのこと。

(ちなみに石画碑の熊坂兄弟はこの蠣崎波響に師事した。)

地元産の赤滝石が使われているが、この震災でちょっとずれてしまった。
この赤滝石は熱には強いのだが、風化にはあまり強くない石だそうだ。

写真を撮っていたら、宮司さんがパンフレットを持って出てこられ、しばし会話。
県指定の文化財になっているという絵馬を見せていただいた。

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(地租改正の時の絵馬であるが、洋装であるのが極めて珍しいとか)


犬

何故に蠣崎波響にこだわったかというと、函館市に住む宇江佐真里というオバちゃんの小説
「蝦夷拾遺 たば風」をずっと以前に読んだ影響からです。
「かきざきはきょう」に直接かかわる物が梁川町にあることは最近知りました。


posted by 山口屋散人 at 08:31| Comment(2) | ちょいTrip | 更新情報をチェックする