2014年01月28日

ねぎ油と背脂と

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調理場の掃除をしていたら「ねぎ油」の小瓶が出てきた。
2012年の6月に喜多方市内をお散歩に出かけたのだが、
その折に求めた記憶がある。

何故こんな物を買ったかというと、ある人の言葉を思い出したからだ。
その人は、居酒屋で資金をつくり、らーめん店を数軒経営している。
彼が言う。
「客なんか馬鹿ばっかりだから背脂をたっぷり入れて、ねぎ油をばっかばっか
かけてやれば、旨い旨いって食っていくんだよ・・」

出かけると、蕎麦屋にはまず入らないが、らーめん屋さんには入る。
背脂とはあの細かいサイコロ状の粒のことだな、と分かったが、
ねぎ油とはどういうものなのか知らなかった。

これで、ねぎ油は手に入ったが、背脂は・・と。
食材屋さんに聞いてみると、レトルトになってあるという。
単位は1キロ。
試してみるだけなので、そんなにいらないが、千円前後とあまり
高くないのでもらってみた。

で、どんな味になったかというと、よく在る味のラーメンになった。
まるで特徴がない、旨くも不味くも無いという変なある意味不気味な味。

背脂はちょっとの間、冷凍庫の邪魔になっていたが、間もなく
ゴミ箱の中へ。
ねぎ油の小瓶はそこらへんをウロチョロしていたのだが、どこかに
潜ってしまった。
そういうことで、久々にご対面のねぎ油とあいなった訳である。

上記のらーめん屋さんの言を聞いたのは10年も前のこと。
幸い?その頃にちょっとした行き違いがあって、店に来なくなり縁が切れた。
それからこの10年で他県にもある彼の店が相変わらず繁盛しているのかどうかは
まったく知らない。

posted by 山口屋散人 at 19:12| Comment(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2014年01月19日

信夫山のゆず

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昭和60年頃のことだったろうか。
昭和70年(1995)に第50回福島国体が開かれるということで、同業組合内に
「ゆず料理の会」なるものが誕生した。
福島の特産品を使った名物料理を国体を期に創出しようという試みであった。
福島の特産品、珍品といえば、当時北限と言われた香り高い信夫山のゆず位のものである。
やはり同じく目をつけた御菓子屋さんは共通レシピで「ゆずまんじゅう」を作り上げた。
だが「ゆず料理の会」はなかなか料理に結びつかず、結局のところ国体開催の頃には
空中分解をしてしまった。

その当時、信夫山のゆず生産農家にゆずを買い付けに行ったりしたものだが
それが今や、こんなふうになってしまったのだ。
東電が補償をすれば済むという問題ではない。
福島のシンボルである御山、我が古里の信夫山、その地を汚した罪は重かろう。

posted by 山口屋散人 at 21:46| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2014年01月14日

例年になく氷柱は不作

思いついて、万世大路は二ッ小屋隧道の氷柱見学に出かけてみた。
福島市内は風がそこそこあるが、晴れて比較的穏やかである。
ただし、危険な単独行。
(10年位前に吹雪で隧道にたどり着けずグルグルと彷徨ったことがある)

いつもの東栗子トンネル福島口脇の作業道路が無くなって、建物が出来ている。

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ここいら辺に東北中央自動車道のトンネルの換気口が出来るらしいが、その関連か。

準備していると、風が強まり吹雪いてきた。
ちょうどお昼時、車の中でおにぎりを食べながら様子を見守る。

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暫く待つと、多少弱まった気がしたので、出発。
無理せずいつでも退散することにする。
建物の近くにいた作業員の方の話だと、午前中に二人ほど登っていったとのこと。

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なるほど、トレース跡がある。
「こりゃ楽だ」と喜ぶ。
この吹雪の中、ラッセルしながらでは体力的に大変だ。
しかし、この先行者は慣れてないのか、慎重な性質なのか、最短距離を進むのではなく
無駄な歩きが多い。途中我慢しきれなくなってショートカットしながら登る。
とは言え、大幅な時間短縮となり30分とかからなかった。



何か・・久しぶり・・の御対面に感動。
だけど、やや!!
あまり氷の出来が良くない。

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う〜ん、これではわざわざ見に出かけるほどのことはないなぁーというのが実感。

H260113-futatugoya.JPG(ログデータ)



posted by 山口屋散人 at 20:00| Comment(6) | 福島 | 更新情報をチェックする

2014年01月06日

月舘町 下手渡藩の侍墓地

(備忘録として)

昨年末だが、月舘町、耕雲寺の侍墓地に行ってきた。

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下手渡藩一万石立花家の菩提寺である。
ここの立花家の墓はちょっと変わっている。
一段高いところに藩主家の墓が建っており、一段低いところに藩士の墓がある。
主従が向かい合って建っているのである。

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藩士の側から主家の墓を見るとこうなる。

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なぜか写真をとってまわる小生の足に猫がじゃらつく。
お寺の猫だそうだが、人懐こい。
猫をなでるのは三年ぶりくらいだろうか。

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奥から藩主家の墓を見る。
手前の墓は三池藩6代種周(タネチカ)で反松平定信派であったために失脚。
本来の墓地は台東区のお寺でここではない。
次は息子で遥か福岡から左遷されて初代下手渡藩主になった種善(タネヨシ)。
ついで二代種温(タネハル)。初代、二代はこの墓が本当の墓であるようだ。

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そして一段下の藩士側を見る。

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藩士の墓の中に、夫婦の墓があった。

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この平塚庄三郎、サワ夫妻がなぜ同列に名が刻んであるのか分からないが
彼らを主役にして藤沢周平なら一編の物語が書けるだろうな、という気がする。
何となく、他の墓石と違って見える。



posted by 山口屋散人 at 22:46| Comment(3) | 福島 | 更新情報をチェックする

2014年01月01日

元旦のレインボーブリッジ

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元旦の朝、いつものように信夫山へ。

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所用のため、国見町方面へ車を走らせていると、虹が。

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ブリッジを形成しているので、車を脇道に回避させ撮影。
なんでこういう時に限って、コンデジしか・・・
でも、まぁ、こいつは春から縁起がエエわい。



posted by 山口屋散人 at 19:42| Comment(3) | 日記 | 更新情報をチェックする