2009年07月16日

ONEラウンドcomplete その3

浄土平レストハウス前に12時27分に到着。
やれやれ12時30分発のバスにやっと間に合った。
が、見慣れた模様の福島交通のバスがいない。・・あれッ?

時間は腕時計と携帯が一致しているので、間違いない。
レストハウスに入ってバスの時刻表を確認してみると、なんと
バスは12時00分発だったのだ。置いてかれた〜!
バスは一日2便。
次のバスは3時間10分後の15時40分発だ。ガァ〜ン!
(浄土平の賑わいの中で、ポツンと一人だけ異邦人になった)

さて、どうしよう。
女房に電話して迎えに来てもらっても、早くて1時間半はかかる。
うまい具合に知り合いが居るわけも無い。
まして汚いオヤジなど乗せてくれる車などあるわけない。
ビジターセンターの裏あたりで、ホームレスみたいに寝てるか・・
つってもなぁー・・

12時00分に出たバスは、次の停留所である不動沢を12時17分に出る。
定期バスであるが、確か1回か2回、途中止まって観光案内のような
音声テープを流すはずだ。
信号は無いが、カーブが多くスピードは出せない。
平均時速を40キロとして実質15分の走行とすれば、距離は10キロ。
おそらく平均時速40キロは出てないと思うので、10キロ以下のはずだ。

よし、歩こう。
舗装道路だから膝も大丈夫だ。2時間もありゃ着くだろう。
てなことで歩き始めた。

DSCF3269.jpg DSCF3270.jpg DSCF3271.jpg

歩きじゃないと撮れない画像もある。
これもまた乙なもんではないかとやせ我慢する。
ラクダ山など、撮りたいと思ってもなかなか撮れないでいた山だ。
スカイラインもこの角度と視点からだと、大蛇みたいなうねり
具合でもある。

しかし、これには少し困惑。

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まあ、停車するでないと言われても出来ないし、どこにも
歩いてはいけないとは書いてはいない、と解釈。

ただし、この先の狐地獄では実際数年前に工事関係者がガスで
亡くなっているから注意が必要だ。
風が強いので、その心配はなさそうであるが・・

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ちんたらホイと歩いていると、道路のかたわらに変なものが・・
しゃがんでジッと見ていてもビクリともしない。
生きているのかとポールで突付いたら、怒ってポールにぱくついた。

しかし、スカイラインを歩くやつが珍しいのか、通りすがりの車は
皆、けげんな顔をして見ていく。すっかり見世物じゃー。
(こっちも色々事情というものがあるのだよ)

舗装道路とはいえ、予定外の歩行であるし、ずしりとリックが肩に
食い込んできて、全身がたがた疲労になってきた。
ガードレールの外に空き地があったので、大休止をとっていると
おぉ・・元気な若者が・・

DSCF3292.jpg DSCF3293.jpg

東京農大の学生か現役のOBなのだろう。
(農大名物、大根踊りで歓迎してやるんだったか)

DSCF3294.jpg

そうこうするうちに、ゴール(不動沢)までの案内があった。
あと2キロ。
車ならなんでもないが、今の歩行速度では30分近くかかる。
そう思うとゲンナリだが歩くしかない。

DSCF3298.jpg DSCF3296.JPG

やっとゴールが見えてきた。見えると嬉しいし、元気がでる。
ズームで撮れば我が愛車も見えてきた。キャッホー!
(されどゴールまでのこの約1キロの間はめたくそ長かった)

不動沢到着は14時30分。トータルで1時間50分かかった。




     猫

00037.jpg


不動沢から一切経山を経由して浄土平へと下りる登山者は
何人もいるだろう。
しかし、浄土平からスカイライン道路を徒歩で戻る人間は
そうはいないに違いない。

お題は「ONEラウンドcomplete」とした。
徒歩でぐるっと一周完全制覇というアホな意味あいである。








posted by 山口屋散人 at 06:01| Comment(2) | ちょいTrip | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今からちょうど40年前、このコースを途中から山口屋さんとは逆に浄土平まで歩いたことがあります。
故あづまエビス氏と初めて吾妻山に登ったときです。高湯から上がったのですが、2人とも高校生でしたので、五色沼方面に直に入る自信が無く、スカイラインにすぐ降りられる道がよかろう、ということで、それらしき道に入ったのですが、毒ガス注意の看板をみてスカイラインに降りてしまったいうことです。
吾妻小屋に泊まり翌日はエビス氏のおじさんが合流し、案内してもらって、一切経に登り、また谷地平を越えて小滝の下に降りて滝を見上げ、高校最後の夏休みを満喫しました。いやなつかしい!!
Posted by skanno at 2009年07月20日 09:07
その時の山行をエビスさんが本に書いていましたよね。
叔父さんは若者に付いて行くのが精一杯で、それきり山登りを
止めてしまって、別な趣味に変えた・・とか。

本は店のほうに置いてあり、今手元に無いのですが、ずっと手前で
「賽の河原」をここだと勘違いして、もうすぐ着くと喜んだというような
話が記憶に残っています。
その後に、スカイラインに下りたんですか。
その辺の記憶があいまいで、登山道を登りながら、ここはエビスさんやskannnoさん、
福島女子師範の生徒たちも登った道なのだな、と考えながら登ってきました。
ほんとに40年前ですね。
Posted by さんじん at 2009年07月20日 10:21
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