2010年11月07日

渡利地区の神社仏閣けんぶつ

PB072087(1).jpg PB072085(1).jpg

歩こうかチャリにしようか、散々迷ったあげくチャリにした。
まず一番近い「仏眼寺」から。
この寺には何度か葬儀で来たが、今日は見物で訪れた。
板倉三万石の領主が初めて領国入りをする時に、伏拝で直訴におよび
後に処刑されてしまった義民菅野作左衛門の顕彰碑である。
漢文が不得意だったのを忘れて読もうとしたが、経年劣化で字が判別しない。
古い物なのかと帰ってから調べてみたら大正15年に作られたとのこと。
比較的新しいものなのだが・・

PB072090.jpg PB072092(1).jpg PB072095.jpg

次に向かったのは七社宮神社。
ここに松齢橋の碑がある。
こちらは明治16年建立であるが、鮮明である。
今の福島市内一帯から資金を集めた先人の苦労がしのばれる碑だ。

PB072099(1).jpg PB072101.jpg

社殿の右脇には耕地整理の記念碑があったが、スルーするつもりだった。
しかし、一応は眼を通すかと思い直し、読み出すとあらら・・
小生の姓は齋藤という。
この時の組合長を務めた齋藤吉兵衛というのは(その家は代々吉兵衛を名乗る)
本家の本家、つまり大本家なのである。逆に言うと分家のその又分家。
母の代までは何か人寄せがあると出入りしていたらしいが、今は皆無ではある。
ともあれ、縁の人に思いがけず出会った。

PB072104(1).jpg PB072107(1).jpg

次は春日神社へと向かう。
ここは間違って車で前を通ったことがあるが、行こうとしてもなかなか困難
である。渡利地区はややこしい。

PB072111(1).jpg PB072113(1).jpg

ここでの見ものは樹齢500年とかいう大杉。
以前は30米の高さがあったらしいが、今は残念ながら半分。

PB072117(1).jpg PB072121(1).jpg

社殿の脇には蚕祖神社と忠魂碑があった。
ここらへんでも養蚕がさかんだったのだろうことがこれで分かる。
忠魂碑は「登るな」とあるため、近づけなかったので、先の大戦のものか
日清、日露、日支事変のものか分からなかった。
元帥子爵何某と読めるので、日清日露のどちらかだろう。
国の存在をかけて戦った英霊に、今の総理と官房長官はどんなふうに見えるの
だろうかと、つい思ってしまう。

PB072123(1).jpg

さてと帰路につく。
三本木橋を渡りながら、競馬場を眺める。
(きっとサニパン氏は最前列に陣取り、馬を撮っているに違いない。)
posted by 山口屋散人 at 19:59| Comment(3) | 福島 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
良い天気でしたね。
山口屋さんの予想どおり行ってきましたよ〜
でも、今日は撮影なしで、のんびりと眺めてきました。(^^)
Posted by サニパン at 2010年11月07日 22:48
あのバズーカ砲みたいなレンズ持って、行っていると
思ったんですけどね。w
Posted by 散人 at 2010年11月08日 15:26
ブログには追記しましたが、あれは重量52グラム、張り子なんですよ〜
やっと完成したのが嬉しくて。(^^;
Posted by サニパン at 2010年11月08日 18:51
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。