2005年02月11日

三業?

komainu1

・・・と言っても、かなりの年代でなければ何のことか分かるまい。
それほど過去の遺物になってしまった。

料亭、待合、芸妓置屋を合わせて三業という。
料亭はかつての活気は失われたものの、存在している。
芸妓置屋は、そもそも芸者さんがいないので存在するわけがない。
(飯坂温泉は別として)
待合となると、いわゆる花柳界の街に育った小生でも
一体どういったシステムだったのかよく分からない。

昭和の30年代には、夕暮れともなると
芸者さんが三味線を抱えて道を歩く姿が見られた。
夜の帳がおりる頃には、あちこちで三味線の音が聞こえたものである。

小生がこの商売を継ぐことになった昭和55年には
「愛子さん」という最後の芸者さんがまだ頑張っていた。

この街では、とうの昔に廃業した置屋さんでも、昔の屋号で
呼ばれている家もある。(さすがに激減ではあるが)
ありふれた苗字で呼ばれるより、簡明なのである。

思いついて、歩いて三分の福島稲荷神社に出掛ける。
社前の一対の狛犬は「三業組合」の寄贈なのである。
昭和13年には、こんなにも料亭や置屋や待合があった。

誰かしら記録を残してないだろうか。
図書館にでも出掛けて調べてみようか・・と考える。

無ければ、まだ間に合う。
小生が調べても良い。(やっぱ、メンドイから止めよう)





posted by 山口屋散人 at 22:10| Comment(6) | TrackBack(1) | 福島 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いろは順 ていううのが、時代を感じますね。
Posted by ひげ無し理髪師 at 2005年02月12日 10:10
俺の知り合いに数年前まで置屋をやっていた人がいます。事務所は町にあったそうですが、飯坂温泉、土湯温泉が主な仕事場だったそうです。大抵が社長やお年を召した方だったそうですが、若い(といっても30代)方もいたそうです。
さすがにコンパニオンに仕事をとられて、食っていけなくなり、その他の事情によりその人は辞めたそうです。
いろいろ面白い話を聞かしてもらいましたが、そういう遊ぶをする人自体が少ないみたいですねえ。
Posted by 長谷川 at 2005年02月13日 19:09
すみません。
狛犬の写真で隠れているところを見せてくれますか?
見に行けばいいんですがね、そこまで(笑)
どうせ岩瀧までちょくちょくおでんを食べに行くんですから(爆)

いずれも耳馴染みのある名前ですね。あの界隈は艶っぽい街でした。私が酒を嗜むようになった頃が、最後の頃だったんでしょうか。

「一元」というのが有りますが、あの路地を入っていった赤提灯の店でしょうか。今は閉店したようですが。あの店、その前は別の名前でした。
Posted by gyuto at 2005年02月14日 19:11
長谷川さん、どーもです。
昔の旦那衆の「遊び」は面白いものがいっぱいありますよね。豪儀というのでしょうか、古き良き時代ですよね。

gyutoさん、岩瀧さんに行く時間では良く見えないかもね。
一元はすぐ近くなのに、閉店しちゃったんですか?知りませんでした。
以前は「とりきゅう」という名前だった記憶があります。
一元さんは、元置屋さんでしたね。
Posted by 散人(管理人) at 2005年02月14日 21:18
gyutoさんへ。
画像取り替えましたので、ご覧ください。
最初からこうすれば良かったですね。
Posted by 散人(管理人) at 2005年02月14日 21:29
早速ありがとうございます。
しかし何度見てもスゴイですね。
福島の夜のかつての華やかさがうかがえます。
現在もこの名前で商売をしているところがありそうですから、
一杯やりながら探求したいですね。
散人さんのおっしゃるように、図書館にでも行けば
当事の地図で場所の確認など出来るでしょう。
暇を見つけて・・・といきたいところですが(笑)
この場合の図書館は市立のほうかなぁ・・・(独言)
Posted by gyuto at 2005年02月15日 08:26
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Tracked: 2005-02-16 08:09