2011年04月24日

約50年ほど前の万世大路二ッ小屋隧道の姿

元国交省に勤務され、現在の栗子ハイウェイ工事に直接かかわった鹿摩氏から
今村昌平監督作品である「赤い殺意」(DVD)をお借りすることが出来た。
(鹿摩氏は現在万世大路研究会で活躍されており、先日は二ッ小屋隧道の氷柱見学にも
参加して下さった)
調べてみると1964年6月、東京五輪の年の封切りである。
ということは多分1963年から1964年の冬にかけての景色でありそうだ。

さて、「赤い殺意」のDVDであるが、小生の苦手なモノクロの暗い画像の映画である。
陰影を尊ぶのは良いが、鑑賞には疲れるものだった。
しかし、映画史的には非常に評価の高いものではあるのだ。

これを何とかして(二ッ小屋隧道)の部分だけ取り出せないだろうかとやってみたが
小生の力量では如何ともしがたいので、直接ビデオカメラで撮っちゃうことにした。

安物のカメラであるので更に画像は悪いのだが、50年前の二ッ小屋隧道が、しかも
冬景色のものを見られるということで、ご勘弁を。




犬猫 追記


上の動画をアップして気がついたのだが、「赤い殺意」を14に分割して載せている方がいた。
こちらのほうが鮮明であるので、リンクさせてもらう。

posted by 山口屋散人 at 00:37| Comment(4) | 福島 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
モノクロのせいか、当時から既にボロっちい感じがしますね。
でも天井にはまだ穴が開いてない様子。
youtubeによると今回の大地震も耐え抜いたようで、
意外と見た目よりも頑丈なのかも知れません。
Posted by TUKA at 2011年04月24日 16:39
ほんとよね。
50年前じゃなくてつい最近に撮ったみたいですよね。
そして当然ながらその当時は冬は通行止めだったみたいですね。
改めて思いました。あれじゃ、通れんし・・

鹿摩氏によると、本来トンネルというのは地震には強いそうです。
ただ橋はアチラとコチラを繋ぐ架け橋ですから、どうしても弱いみたいですね。

しかし、春川ますみも寒いところでご苦労様ですね。
二ッ小屋隧道の左側の滑り台?も今と変わりませんね。
とてもじゃないけど、滑ってみる気にはなりませんが。
Posted by 散人 at 2011年04月24日 22:35
最初のシーンは烏川橋から二ツ小屋への登りでしょうか。
道沿いに電柱があるあたり、現役道であることを感じさせてくれる・・・
と、思いきや隧道のその変わらなさにビックリしてしまいました(笑)
さすがに”つらら”は無いようですけど。

関係ないですが、仙台駅のシーン(7:40あたり)に
旧標識がWで登場しています。
時代を感じますね。
Posted by dark at 2011年04月25日 00:40
なるほど、12分割目の後半に烏川橋が写っていますね。
当然ながらまだ欄干もありますね。
まだ雪が根雪となって降り積もらない時期の撮影のようですね。
旧標識に目が行くとはさすがです。
Posted by 散人 at 2011年04月25日 20:55
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