2006年10月31日

残すは2ヶ月

明日からどうでも11月にすると言うので、気分転換で
掛け軸を替えることにした。

掛け軸1

揮毫はおよそ150年前の大阪の儒学者で篠崎小竹という人。
頼山陽が広島から出てきて、まずこの人の世話になったそうで
けっこう大阪ではいっぱい弟子をもっていたそうな。

実はハンドルネームをどうしようか悩んでいる時に、ちょうど
この掛け軸を掛けており、「おおっ、これでいいじゃん!」
となった次第なのである。

掛け軸2

ちなみにハンドルネームの変遷は
土ザ衛門 → 山口屋面毒斎 → 山口屋散人

さらにつけ加えるとこの掛け軸、丁度来店のF高の国語教師で
あった元校長先生に読んでくれるように頼んだら、読めんかった。

posted by 山口屋散人 at 22:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
関西の住人skannoです。
前の話で遅ればせながら、
西根堰の件ですが…・・ 
私も某国の中・近世史を勉強していて似たような事件を見つけました。
今では某国の北側の地域ですが,
水利の悪い地域で川に堰を作って大規模灌漑を実現した役人が、
中央の政変の結果、
無益に人民を使役したという罪で左遷され処刑?の憂き身に合い、
開拓された土地は中央の王家とつるんだ勢力家の下に入った、
と記憶しています。
1600年代初期のことです。
Posted by skanno at 2006年11月04日 20:06
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