2012年08月20日

下村藩陣屋跡リベンジ

奥土湯まで出かけてきたので、あっち方面見学の宿題をついでに片付ける。
まずは「旧跡 鹿の足跡」。
旧道115号線ぞいにあるというが、何度も通ったわりには記憶がない。
交通量が激減した旧道をゆっくりと走る。
あった、あった。

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連続のカーブ、狭い道、前後を走る車に気をとられて、脇を見る余裕がなかったのだろう。
今まで何故気が付かなかったのだろうという感じ。
しかし大石は確かにあったが、草ぼうぼうで足跡らしきものは発見できなかった。

さて次は先日近くまで行きながら、たどり着けなかった下村藩陣屋跡といわれる稲荷神社。
道路でなく水路をたどるとTUKAさんにアドバイスを頂いたので、先日と同じ集会所に
車を置かせてもらって探すと、なんとすぐ脇を流れていた。

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これじゃ、分からないはずだ。
思ったより荒れはててはいなかったが、半ズボン姿でここは歩けない。
しっかりとヤブ蚊に栄養を吸い取られてきた。

posted by 山口屋散人 at 18:24| Comment(2) | 福島 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんとか到達できましたようでなによりでした。
「鹿の足跡」は聞いたことはあるのですが未見です。

二本松の奥州街道沿いには「鹿の鳴石」ってのがありまして、こいつには几号水準点が彫られてます。
几号水準点と言えば私にとってはこちらが「起源」。
震災で八丁目や清水町の遺構がどうなったか、心配しております。
郡山では阿邪訶根神社のものが倒壊しました。
Posted by TUKA at 2012年08月20日 20:13
小生、郡山市民であった時代(40年近く前だけど)、このアサカネ神社の前をよく通りました。
その後、tukaさんの几号水準点のレポで、また縁が出来たような感を持ちましたが、倒壊しましたか。
そう聞くと、惜しいような感想をもちますが、ま、千年に一度の震災な訳ですから、仕方ないことなのでしょうね。これに限らず大事なものが一遍に無くなってしまったのですしね。

下村藩の陣屋跡に行ったのは良かったのですが、あれから足にキンカンを塗り塗りの日々です。泣。
Posted by 散人 at 2012年08月21日 00:42
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