2007年03月25日

小坂峠から

国見町の小坂峠から西へ入る林道がある。
町営牧場まで4.8Kの案内板があり、いつか
入ってみたいと思っていた。

ところが、出かけてはみたものの雨がやまない。
途中で気がそそられるものがあると、寄り道をすると
いう道中に変更した。

最近は各市町村で名所旧跡に案内板をつけてくれるので
ありがたい。そのおかげで二階平坑口という
半田銀山の坑口を初めて見ることが出来た。

DSCF1416.jpg

小坂峠についた頃は雨も小止みに。
天気が心配だから車で入ろうかと思ったが、歩きに
来たのだと思い直し、リックを背負って歩き出す。

DSCF1421.jpg

歩きで正解。倒木があちこちにあり通行不能なり。

DSCF1424.jpg

おまけに登るにつれて道には雪が。
ここは雪深いところらしい。
牧場にはたどり着いたが、特に何もなし。
ここから引き返し、適当なところで例によって
ホームレスのお昼(と女房は言う)にする。

DSCF1430.jpg

本日の収穫。

DSCF1431.jpg
posted by 山口屋散人 at 17:03| Comment(6) | TrackBack(0) | ちょいTrip | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あ!ピッケルだ!(笑
使ってますね〜。

小坂峠の旧道は、もう「済」ですか?
Posted by TUKA at 2007年03月25日 20:11
>小坂峠の旧道は?

下の小坂の集落から人がやっと登って歩ける羽州街道のことすか?
(最近、大整備を行ったようですが)

それともこの峠から先の上戸沢、下戸沢を通る街道のことでしょうかね?

うちの親が毎月、満蔵稲荷に参拝していたので
中学生の頃よりこのあたりはウロチョロしております。

下の登り口には
伊達政宗の奥方の三春のナントカ姫が輿入れの時、ここを通って米沢に向かったという看板が昔はありましたね。
(大河ドラマになった頃?)
十数年前に登った時は、もう藪だらけで道の痕跡さえ覚束ない状況でした。それっきりです。


Posted by 散人 at 2007年03月25日 22:13
PDFですが
http://www.town.koori.fukushima.jp/kanko/manyuuchou/pdf/03.pdf
峠に向かって行って、水車のあるヘアピンの所が旧道入り口です。
砂防ダムができたせいで入り口は荒れてますが、
すぐ先に旧と旧旧の分岐があった、と記憶しております。
ついでだったので、入り口を確認しただけで退散(汗
伊達郡役場、女郎橋、厚樫山防塁などを見て回った時でした。
祓川に架かっていた石橋が信夫山公園に移設保存されているそうですが時間切れで未見。
江戸期に古関裕而の祖先が寄進したものだそうです。
http://www.kosekiyuji-kinenkan.jp/fukushima/yukari-03.html
Posted by TUKA at 2007年03月26日 01:24
この産坂というのを都合3〜4回登ったはずですが、迷うことなき一本道でした。
それがおそらく慶応新道なのでしょうね。
旧道が存在したなんて、今はじめて知ったわけですから。

近年、もっともらしく水車などをあつらえたあたりから俗っぽくなり
ここは小生にとっておぞましい場所になってしまいました。
それゆえ、ちょっと登ってのぞいて見る気にもなりません。

信夫山の石橋ですが、これは上り口のすぐ脇ですから
簡単に見ることができます。
移築して保存するのも大切ですが、元の場所にあるようには感動もイマイチですね。
やはり生活に役立ってこその橋で、ここでは単なる飾り物になっています。
Posted by 散人 at 2007年03月26日 02:34
3年前に行った時はこんな状況でした。
http://wing2.jp/~kaido/eki/eki.htm

石橋然り、道標も然り。
元からあった場所にないと、存在意義が失せますなあ・・・。
松川の石橋みたいに、今でも現役というのも極端ですが。
Posted by TUKA at 2007年03月26日 19:48
ほー、三年前はまだ素朴かなぁ〜。
現在は何だか色々とデコレートされているような気がしましたが。
なんか、あまり嫌わないで、素直にもう一度登ってみるかなぁ〜。
Posted by 散人 at 2007年03月26日 21:49
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