2005年05月18日

北京晴天


昭和62年のことだから、今から18年も前のことになる。
小生の唯一の国外経験である中国へ飛び立ったことである。
なんのことはない。
蕎麦屋の全国組織の大会が北京で開かれたのだ。
日本から千人を越える蕎麦屋が中国へ渡った。

小生は最短の北京三泊四日のコースだった。
万里の長城を見に行ったのである。(大会などどうでもよいのだ)

長城を見たので、こんどは北京の街中を歩いてみたかったが、
観光名所だけを点と線で結んだコースが設定されているだけで、
何故か自由な時間が持てなかった。(当時としては当然か?)

そこで茨城県の蕎麦屋さんと二人で脱走した。
(お陰で明の十三陵は見損なった)

西単といわれる繁華街を歩いた。(六月の北京晴天)
喉が渇くとアイスキャンデーを買ってしのいだ。
財布を開いてアイスを買うと、「全部買ってくれ」と言う。
小生の財布には日本円にして5万円分の兌換紙幣が入っていた。
その当時の中国国民の年間所得に匹敵したのだから、
そう言いたくなるのかも知れない。

福島市からは6〜7人参加したのだが、他の人達は
さらに二日ほど長いコースで、上海や、桂林にまで行った。
ついでだから無理して、小生も行けばよかった。

moutakutou

最近、小生のこのブログにコメントをいただく寅次郎のパパさんは
上海で常駐、仕事をなさっておられる。(福島市出身だそうだ)
行きそびれた上海の風景が見られるのがうれしい限りだ。
(寅パパさん、画像パクリました)
posted by 山口屋散人 at 00:41| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑事 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どうぞどうぞパクってくださいませ。
寅次郎には悪いけど、
今後もより多くの現地画像を掲載します(悩)。

私が留学していた時(1986〜93)に、しかも初めての海外渡航で訪中されたのですね。チョッピリ感動。
懐かしいです兌換券。よく闇市場で人民元(不換紙幣)と交換したものです。
それだけ多くの兌換券をお持ちなら、
「アイスを箱ごと買ってケロ?」と言われるのも無理はないですね。だって闇に行けば更に利益は膨らむわけですから(笑)。

是非上海にもお越しください。熱烈歓迎です。
Posted by 寅パパ at 2005年05月18日 13:48
ほほー。
それじゃ、小生が行った時は、同じ北京の空の下だったわけですね。
Posted by 散人 at 2005年05月18日 23:50
そうなんです!(喜)。
あの頃はエアコンも無く、
タクシーも少なく、日本料理屋も少なかったなぁ。
東欧から流れてきた古いベンツとラバの荷馬車が、
赤信号で並んで信号待ちしてましたからね。
我慢を覚えた時代でした(笑)。
国際電話は長距離電話局かホテルでかけたし、
遊ぶ場所も少なかったっけ。
北京飯店の「カラオケ北京」、
居酒屋「祭り太鼓」、
日本料理「白雲」、
だれも覚えていないでしょうねぇ。
Posted by 寅パパ at 2005年05月19日 12:35
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