2007年05月14日

面会強要事件

魔女の瞳がお目覚めになる時というのは
それはそれは美しいらしい。
そういう評判を聞けば、行かずばなるまいとし、昨年来
挑戦しているわけだが、失敗し続けている。

それにも懲りず、また出かけてきた。

DSCF1529.JPG

風が強く、山にはガスがかかっているが、回復に向かうという
予報を信じて登ることにする。

酢ヶ平あたりでは、回復どころか本格的な雨になってきた。
強風から暴風になり、かつて経験のない強さにびびる。
(この記録はあっさり破られた。帰山の時はさらに強く
 恐怖を感じて家族の顔が浮かんだくらいである。)

DSCF1532.JPG

こういう時には一切経山頂のケルンが有難い。
多少なりとも暴風から逃れることができる。
視界は4〜50メートルで、これでは五色沼など見えようはずがない。

魔女の瞳に近づくことにして、家形山へ向かうルートを下りる。

DSCF1534.JPG

大正15年9月18日に遭難した福島女子師範学校生らの碑である。
窪んだ地形のせいか、ガスはかかっているものの、吹っ飛ばされ
るような風ではない。
ここへは初めて降り立ったので碑に向かい丁重に手を合わせる。

DSCF1538.JPG

五色沼方向を見ても、何も見えぬ。
ここはすり鉢状になっている沼なので、近づくのは危険だ。
わざわざこれほど接近しているのに見えぬとは、よほどに
嫌われたらしい。

雨から氷の粒になってきて、手がかじかむ。
諦めて、登りかえすことにし、軽アイゼンをつけていた時だった。
まちセンのH氏が「うぉ〜!」と歓声とも驚愕ともつかない
声をあげた。
何事が起きたのかと思い、その声の大きさに飛び上がった。

DSCF1543.JPG

感動的なシーンを用意してくれたみたいだ。
この日、彼女にお目にかかったのは、多分我々二人だけ。
posted by 山口屋散人 at 04:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 福島 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 魔女はその瞳をなかなか見せてくれません。
 私が魔女の瞳を初めて見たのは、故あずまエビス氏と一緒に高湯から登った2001年の夏のことでした。天気が抜群によく、その美しさに見ほれました。エビス氏も「珍しい」と言って湖畔で昼食としました。 その後、吾妻小屋に一泊し野地に降りて一風呂浴びてバスで帰りました。

 実は40年ほど前の高3の時にも、エビス氏と一緒に同じようなコースで登っているのですが、記憶にありません。たぶん、一切経の上からもガスのために見えなかったのだと思います。

 2005年にも高湯から単独行で登りました。この時はガスの合間に湖面が見えました。単独行でガスの中というのは気持ちが悪いので、早めに浄土平に降りました。 
 山口屋さん、今回はおめでとうございます!!
Posted by skanno at 2007年05月15日 18:41
2001年の時の写真だと思いますが、以前、拙HPの画像掲示板に投稿していただいたのがあります。遭難の碑の画像もいただきました。
魔女の瞳をバックにエビスさんが写っているのですが、多分、Skannnoさんが撮ったものなんでしょうね。
(画像は保存してあります)
それから安達太良の八紘一宇の碑にもたれかかっている高校生時代の画像もありますよ。これもSkannnoさんが撮ったのかもしれませんね。
Posted by 散人 at 2007年05月15日 21:15
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