2015年10月27日

7号橋梁

DSCF2183.jpg

「7号橋梁」というプレートが読み取れる。
車道として造られた橋ではあるが、車が通れなくなって20年以上は過ぎているだろう。
場所はこの辺りである。



13号線大滝集落跡から茂庭に抜ける蛇体道というソマ道が存在する。
いや存在するはずなので、確かめるべく、ちょっこら探索に行ってきたのだ。
大滝からは徒歩で片道2時間の峠までは歩いている。
地形図から考えるとこの辺りに出るはずである。
まだ落葉も半端ではあるが、よほど見えるようになったろうと期待した。

烏川の支流を登り(釣り人のか踏み跡あり)右俣にあるであろう道を探す。
が、とても周囲の状況からあるようなものではない。
地形図とは実感が異なる。
ではよくある尾根道かと、とりあえず登ってみる。

DSCF2190.jpg DSCF2192.jpg

何となくあるような無いような・・
ワイヤーは落ちていたが、それ以外に手がかりは無い。

息を切らしながら30分ほどさまよったろうか。
諦めて戻ることにしたのだが、少々角度を誤認して降りてしまった。
比較的単純な山であるから、何ということはないだろうと思ったのだが、
左俣の沢に下りることになってしまい、進退がきわまる。
6メートルもの滝に出てしまったのだ。

DSCF2195.jpg

同行のF班長愛用の得物であるピッケルは危険なトラバースの途中で折れた。
しかも先端部分の回収など不能の状況だったそうである。(右は小生のピッケル)

DSCF2193.jpg DSCF2198.jpg DSCF2199.jpg

結論として言えば、目論見は外れた。
強引に道を探そうとしたが、ここではない。どこか別な場所だ。
う〜ん、そもそもこの7号橋梁は茂庭ダムの提体から14キロの地点なのである。
ここまで行くのもタイヘ〜ン。


ところで、熊が出た〜! 
DSCF2201.jpg
と、一瞬ぎょとした。




posted by 山口屋散人 at 21:20| Comment(8) | 福島 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
で、続きはどうなりました。
まさか熊に食われてしまったわけではw
Posted by gyuto at 2015年10月29日 10:08

gyutoさん、おひさで〜す。



ところで、熊が出た〜! 

と、一瞬ぎょとした。

「ただの黒い岩だった。(省略)」

と、なります。

Posted by 散人 at 2015年10月29日 18:09
大散策お疲れさまでした、7号橋梁は見つかったんですか??
熊が出たで終わったんで…すごーーーーーく気になってます。
Posted by 紺野 at 2015年11月03日 12:50
冒頭の画像が7号橋梁なんです。
ここいらへんに蛇体道が合流すると思ったんですが、
強引に探してもぶつかりませんでした。
どこかで川を横断しなければならないのですが、
もっと上流なんでしょうね。

熊はそれっぽい岩というか石というか、チラッと
振り返ったら、ぎょとしたというオチです。

Posted by 散人 at 2015年11月03日 18:17
ようやく理解しました。
先に茂庭から7号橋梁に出て、そこから蛇体道に繋がる杣道を探したが・・・・途中で熊岩に遭遇、蛇体道には出られず引き返したということでいいでしょうか?
 てっきり冒頭の写真の場所を探しに蛇体道を遡ったと勘違いしていました。
Posted by 紺野 at 2015年11月03日 19:24
そうですそうです。
茂庭から入って、蛇体道を探したということです。
なんか、分かり難かったですね。ごめんなさい。
もし、探せれば、少し歩いてみようと思っていたのですが
、見つからなかったんです。
何でもないと思える沢にあんな滝があるし、山は魔物ですね。

何せ大滝から2時間で例の峠に着いて、そこからどういう道なのか不明ですし、果たしてこの林道に繋がるのかも分かりません。繋がらないで、さまよい、大滝まで戻るのは時間ばかりくって大変になってしまいます。日没になったら、恐ろしくて歩けません。
茂庭側で蛇体道を発見できれば、茂庭に予め車をデポしておいて、片道だけで済むわけで、時間も半分という計算です。

熊岩の画像は、ずっとダム寄りの手前にあるものです。
ここまで車で行ったのですが、帰路、バックミラーを見て
ぎょとしたのです。で、降りて写真を撮ってブログのねたという次第。

Posted by 散人 at 2015年11月03日 19:54
「摺上川ダムのふるさと」(平成4年)からの情報です。
山口屋さんが辿った道は「烏川林道」と言い、
「もとはトロッコが通っていたと言われている」とありました。
梨平に営林署があったこともあり、私も林鉄説を想像していたのですが、
実際に探索した方の話ですと、それらしい遺構は皆無だったとのこと。
しかし、トロッコがあったとの口伝はあるようです。
大滝の人がここを通っていた時期かどうか微妙です。

また、文殊山の西にあった八百沢鉱山(文殊鉱山)からの鉱石運搬は、
「木材運搬用のトロッコが使われた」との記述もありました。
それ以前は、人力、牛力にて横川、中野方面に搬出していたとのこと。
蛇体鉱山搬出ルートと同じか、あるいは並行していて無関係だったかは不明。
横川からも、茂庭に抜ける道があったのかも知れません。
Posted by TUKA at 2015年12月10日 22:52
TUKAさん、情報ありがとうございます。
最初の林道歩きの時に、きのこ採りの人や、またその方々もきのこ採りでしたが、建設会社の方々で、この道路を作ったという人とお話ができました。
あの枯松沢のあたりの山がメッカらしいのですが、ルートは色々あって、3〜4の来方があるような話でした。
横川という地名は出ませんでしたが、十分にありそうですね。
来年こそ決着をつけるべく、本腰を入れて調べてみます。

Posted by 散人 at 2015年12月11日 20:00
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