2019年07月22日

備忘録として その1

十日前ほどだろうか。
7名の爺さんの団体が来店した。
領収書を書く段階になって、初めは宛名は空欄でという話だったのだが
「ボウハンキョウカイ キサカタシブ」と書いてくれという。
キサカタとは秋田県にかほ市の象潟かと聞くと、そうだと言う。
何という奇遇なのだろうかと、ちょっと驚き少しお話をした。


ともあれ、関係者には申し訳ないが、先月の「東北絆祭り」からの脱走の
備忘録を少しだけ。


金曜日の午後9時、小国か、その先の関川の道の駅を目指して走る。
米沢からの細い道を避けて、南陽市まで高速で走る。
結果的に遠回りになるのか、関川まで150キロくらいだった。
しかしあの山道をトラックが80キロ超のスピードで走るのには
ついて行けなかった。何台か先に譲るはめになった。

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関川村の良いところは、朝の散歩。
鮎釣りで有名な荒川沿いを歩く。まる君も満足そう。


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村上市から日本海北上開始。
お気に入りの温海の道の駅では、必ず海岸端を散歩する。


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鶴岡市ではまだ致道館博物館に入れてなかったので、入場。
多層民家は現地(田麦俣)の方がずっと良い。


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定番の山居倉庫も何度目かだ。
この後は一路、象潟へと向かう。

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海に沈む夕日は日本海側まで出張らなければ見られない。
まさしくこの風景を楽しむために来ている。


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翌日は鳥海ブルーラインで、酒田市まで。
この後、新庄市に抜ける途中で、肘折温泉に立ち寄ろうと思ったのだが
相当走ったのに、通行止め。
案内板には、温泉から先で通行止めとあったはずなのに、ぷんぷん!!



posted by 山口屋散人 at 04:59| Comment(5) | ちょいTrip | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日本海側の旅のアップありがとうございます。
昔、村上に通っていたころを思い出します。
まだ、三面の集落が奥三面ダムに沈まない頃です。
縄文時代から存続してきた地域の暮らしぶりが朝日村(新潟)の役場に資料が残っています。興味があれば覗いてくるのも良いと思います。なお、湛水前日に三面集落の発掘調査現地説明会に参加して一晩過ごすしました。面白い地域です。
また、村上藩士の青砥武平治(?)が世界で最初に鮭の回帰性を発見して種川を整備して村上藩の財政をささえ、藩士の教育に使ったことを誇りにしていた地域です。
Posted by 尼の爺 at 2019年07月22日 12:52

村上を通るたびにイヨボヤという看板が目に入り、何の意味だと帰ってから調べたことがあります。ここひと月の中だと思いますが、日経新聞の裏表紙の文化面に、この村上藩士の話が載っていました。イヨボヤ会館の館長さんの書いた話だったと記憶してます。今度行ったら、寄ってみようと思っていました。
また新潟競馬が始まると、三面川特別というレースが組まれます。村上を走ると、どこかで渡ることがありますが、あぁ、これがそうだなといつも思いながら走ります。新潟は例えば豊栄(とよさか)なんて読めない都市名がけっこうあり、競馬のおかげで何とか読めるのは、せめてもの収穫かと・・・
Posted by 散人 at 2019年07月22日 16:15
イヨ(魚)ボヤ(子)村上でのイヨ(さかな)とは鮭を言います。それほど鮭には思い入れが深いのです。
村上の塩引き鮭は絶品です。鮭は余すところを無く料理されます。鮭の酒びたしは塩引きにした鮭を吊るし梅雨を越させ程よく熟成乾燥させた物を薄くスライスしてお酒をふって食します。(腹は切り裂かず一部を残したいだまま逆さ吊)
鮭の食し方は数多くあります。いろいろ試してください。

鮭の資金で遊学させ、人材を育成したのです。その流れの最後の人材が田中角栄元首相を断罪した元法務大臣稲葉修三と聞いています。また、七月七日には村上大祭が催され、「おしゃぎり」とよばれる山車が街をねり歩く華麗なお祭りもおすすめします。
Posted by 尼の爺 at 2019年07月23日 14:29

村上市は市役所の近くの武家屋敷とかは見学したことがありますが、他にも見どころはあるんですね。堆朱の大きい会館のような所にも、消防の旅行で二度ほど行きました。今度は女房殿にも見せてやらないとですね。ここに限らず、ただ通貨するだけではもったいないので、あちこち掘り下げていきたいと思っています。毎年の恒例行事ですので。
Posted by 散人 at 2019年07月24日 20:44
追伸、遊学した村上藩士を「鮭の子」と呼ぶそうです。
Posted by 尼の爺 at 2019年07月26日 11:09
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