2020年04月07日

正しい日曜日の過ごし方

まさにお花見の絶好機であった日曜日。
いつもの「さくらづつみ公園」は自粛のせいもあって、いつものように
車を河川敷まで持っていけるかもと、行ってみる。

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まる君と贅沢なお花見をする。



午後からは店に用足しの途中、気になっていた所に寄ってみた。

運動公園の南側に奥羽線を跨ぐ、人が歩いて通れるだけの
こ線橋があると聞いたのだ。
森合に住み始めて5年。まったく知らなかった。

言われてから八田踏切を通るときに、線路上で東側を見ると確かに何かある。
近くにJR職員の社員住宅があったりするので、そのための施設ではないかと
教えてくれた人がいる。

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運動公園の駐車場に車を止め、歩いて線路方向へ行くと、すぐ発見。

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向こう側がどこに出るのか行ってみることにした。
丁度に線路の真上に達した時、あらら・・何やら音が聞こえてきた。
図ったみたいに上りの新幹線がやって来た。

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新幹線が上がっていく。
これを野田町ヨークタウンあたりから夜に見ると、まさに天に上る
銀河鉄道のようであるそうだ。

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民家の裏側に沿ってこそこそと降りていくような感じ。
そっちの生活道路から見ると、この先にこんなでっかい物が
あるようにはまったく見えないのが何とも面白い。

posted by 山口屋散人 at 16:56| Comment(2) | 福島 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今、奥羽線北側は戸建て住宅街になっていますが、ここは昔福島機関区があった場所で、その頃構内の夥しい数の線路を超す、人ひとりが渡れる板だけ渡した長い職員通路のような踏切がありました。両入口に警報機はなく、真ん中あたりに音のみの警報装置がありました。北側に渡り切ったところに今は無き国鉄アパートがありまして、こ線橋南側の八島田街道に出る場所に信夫屋というスーパーや商店などがありましたので、地元の人は生活道路的に使っていましたが、私の親戚がここで事故死した後は、長らく通行止めになっていたはずです。新幹線ができ、機関区廃止後暫くしてからこ線橋ができました。あんな場所に登り口があるのは昔の踏切入口の名残で、畑で見通しよかった所に民家ができて入り口を隠してしまったということですね。
Posted by シンジ at 2020年04月12日 13:17
その昔、二小の生徒でしたが、写生の時間にその機関区に来たことがあります。、
三河の踏切とか曾根田の踏切あたりに名残りがあるような気がしていますが、シマではないため記憶があまりありません。
峠駅や大沢駅を見ると、機関区って、こんな感じの所だったなという記憶がよみがえります。
この辺まで機関区だったということは随分と広い所だったんですね。当然といえば当然ですが。



Posted by 散人 at 2020年04月13日 08:13
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