2007年07月16日

またもや東根の郷

熊坂覇陵という江戸時代の中後期の儒学者がいる。
代々高子村の名主でもあり、彼の名勝「高子二十境」は
里山に関する本でその存在を知っていた。

さる本によれば彼の墓は<大田南畝>の筆によるものだと
いう。しかも、その墓所はこの間うろちょろした東根の郷、
阿武隈急行、高子駅のすぐ近くではないか。

行って見学してくべぇ。

早速、朝飯前に行ってきた。
ところがなかなか分からず、地元の人の世話になった。

DSCF0777.jpg

DSCF0778.jpg

DSCF0780.jpg

DSCF0781.jpgようやく覇陵の墓を特定する。

題字を書いたのが大田南畝かどうかは分からないが碑文は
たしかに大田蜀山人先生のものだった。

この辺りでは熊坂家というのは名家らしい。
東根堰の例のマルタンクのすぐ近くに堰の顕彰碑が建って
いるが、三人のうちの二人が熊坂という名である。

DSCF0681.JPG

覇陵の一族子孫なんだろうな、きっと。
posted by 山口屋散人 at 14:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック