2005年08月20日

三業?続1

dezome1

昭和30年の正月の風景。(福島稲荷神社)
この年、成人式を迎えたという元芸者さんが持ってきてくれた。
(左側に写っているというが、何せ50年の歳月・・??)

この源氏名を「芳○さん」という元芸者さんは
稲荷神社の狛犬が三業組合の奉納であるのを知らなかった。
裏の銘板もしかりで見たことがなかったそうである。

この元お姐さんが活躍した30年代は、料亭と芸者置屋の
「ニ業組合」であったそうだ。
「待合」というものは、昭和33年のいわゆる売防法で姿を消したとのこと。
その時をもって三業から二業になったのではなく、それ以前より、
何らかの理由で組合から抜けていたのかも知れない。

一見、華やかな花柳界なれども、当然の如く、影の部分がある。
ちょっと調べると、すぐ闇にぶち当たり、すぐに挫折。

しかし、つい最近まであった置屋さんの家屋が取り壊されてしまった。
写真を撮っておくんだった。

posted by 山口屋散人 at 21:51| Comment(5) | TrackBack(0) | 福島 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
芸妓さんもさることながら、背景に眼が行ってしまいました。
昭和33年というと、私は小学生。
それらしいのが写ってないか、知ってる人が写ってないかと、思わず探してしまいました。

参道に並ぶ露店は今も昔も同じなのでしょうか。
右側手間が飴やで、左側手前は縁起物?

見入ってるうちに、向こう側へ行きたい!と思ってしまうのは、やりなおしたいことが一杯あるんかなぁ。

ところで、芸妓さんの数が減ってますね。
狛犬のプレートに記してある置屋の数は24。
写真に写ってるキレイどころは、少ないような気がします。
(先日、狛犬について市長さんに話したら、彼、知ってました)

往時の市内地図を見たいと市立図書館に出かけましたが、やっとでてきたのは、某F高校の創立○周年記念誌。その中に市内地図が一枚ありました。
そこにうっすらと切れ切れに書いてあった出版社名を確認して、県立図書館へ。
係の人が古い住宅地図を探してくれました。
昔住まい下あたりを探したり、通学路をたどったり、楽しい時間を過ごせましたが、肝心の、割烹、待合、置屋の場所を確認するには時間が足りず、コピーをお願いしましたが著作権が活きているので、ということ。
それ以来、図書館には赴いていません。
また、遊びに行くか・・・。

スンマセン。長文になりました。ごめんなさい。
Posted by gyuto at 2005年08月22日 12:12
福島の昔の姿を興味深く拝見しました。
その流れでカテゴリ「福島」に入りましたところ、
幼少時代に遊んだ「もみじ山公園」が・・・。
いつも神妙に拝んだ板倉様も懐かしいです。
なぜお参りしたかと言いますと、
あそこに掲額されている「板倉神社」は、
我が祖父が書いて彫ったものだからです。
「克堂」と申しました。
今もあるのかなぁ・・・。
寅パパ
Posted by 寅パパ at 2005年08月22日 18:58
芸者さんの着物を見ると、御揃いなのが分かると思います。
この写真は、御揃いの着物をあつらえることが出来た、つまり良いスポンサー(旦那)が付いている、いわゆる勝ち組と申すべきお姐さんがたらしいのです。(そういうふうに見てみると、勝ち誇っているような・・)

数は全盛期の百数十というわけにはいかなくともこの三倍くらいの人数はいたそうですよ。

寅パパさん、今度行って見てきます。
額までは気が回りませんでした。
明日にでも行って来るとするかな・・
Posted by 散人 at 2005年08月22日 20:23
是非行ってらして下さい。

遠い記憶を辿ってみますと、
「克堂」だったか、「克襄」だったか・・・。
お祖父さん、ゴメンナサイ。

ボクも今度行こうっと。

寅パパ
Posted by 寅パパ at 2005年08月22日 22:30
何度もスミマセン。
確か、額は2枚あります。
祖父の仕立てた額は左にある小さな方です。
うーん、「克譲」だったかなぁ・・・。
Posted by 寅パパ at 2005年08月22日 23:30
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック