2007年10月30日

30年後の再読

DSCF0167.JPG

この小説が芥川賞を取ったのは昭和48年だそうだ。
ちょうど大学生の時だった。
当時作家が60歳を過ぎての受賞ということで話題になった。
単行本を早速買い込んで読んだ記憶があるので、この頃まで
芥川賞受賞作品は読んでいたのだろう。

明治生まれの下宿のお婆さんは和歌などを嗜む高等女学校卒の
インテリであった。たまさか何かの用で訪ねた時、この本が
話題となり、絶賛していたのだが、「歳をとらないと分らないか
も知れませんね」と話していた。

確かにやっと二十歳を過ぎたばかりの小生はというと、
どこが良いのか分らない、読み辛い小説という感想だった。
しかし、何か気になるので、
「いずれまた再読してみよう」と脳に刻みを入れておいた。

月山には3年くらい前に登ったことがある。
白装束の登山者がいたりして、信仰の山だなという気が
したものだが、こちらはリフトを使っての観光気分だった。
小説「月山」のことは頭の隅にあったが、再読してみようと
いう気にまではならなかった。

      犬

弥兵衛平から亡羊とした西吾妻山を見た時、ふっとこの記憶
が蘇った。晩秋のモノトーンのような湿原に、死者の向かう
山というフレーズを思い出したのだ。

      犬

月山の単行本、捨てはしないのでどこかにはあるはずだった。
しかし、こういうのは探すより買ったほうが早い。
消長の激しい新刊書店にはもはや置いてなかったが中古の
書店で文庫本を見つけた。

さっそく、あわてず騒がず心を落ち着けて再読してみる。

この30年余の間、それなりの人生を送り、ものを見、考え、
小説その他も通算して千や二千は読んでいるだろう。
その自分が今度はどのような感想をこの小説に持つのか興味
があった。

      犬

隣の県に住みながら、ひどく山形弁が読み難い。
月山に登ったとはいえ、庄内地方から見たことはない。
まして冬の月山も知らないし、雪に埋もれたこともない。
話のヤマがあるような無いような・・
横光利一的なその手法が良いという人もいるが・・
森敦という作家は嫌いではないのだが、それとこれとは別で
何か波長が合わないとでもいうのだろうか。

結局、やはりどこが良いのか分らないのは同じだった。
この30年、この本に関してはまるで進歩が無かったようで
残念であるようなないような、何とも複雑な気持ちである。




posted by 山口屋散人 at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑事 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック