2005年11月28日

月舘町の宿題2

一説によると人間にとって暮らしやすい「時代のスピード」は
日本の場合、昭和37年だという。

それより2,3年前の小学校の低学年の時だった。
近所の電器屋のオヤジ殿の仕事に付いていって
この月舘町に来たことがある。

近所の子供を連れて仕事に行くような、のんきな時代だった、とも
言えるが、その頃の大人は自分の子だけではなく、近所の子も
かわいがってくれた時代だった。

車に乗るのが珍しい頃なので喜んで乗ったと思うのだが、
このことについては記憶が無い。
あるのは月舘町の地元の電器屋さんと共同で山の上の御堂の
ような所で何かの工事をしていた事、その電器屋さんの
息子とその間遊び、仕事が長引いたので夕食をご馳走に
なったという記憶である。

そこの町は何と言う所なのか、ずっと知らないでいた。
ただ、原風景として、きれいな川とそれに沿うような町並み、
山の上の御堂に至る石段が脳裏に残った。

ここが月舘町だと認識したのは、つい十年ほど前である。
「あー、ここだぁー」と感動ものだった。
夕食をご馳走になった電器屋さんも見つけた。

あとは機会があれば山の上の御堂に行ってみようと思っていた。

atago-sando1

atagtojinja1

御堂かと思ったら、ここは愛宕神社と言うそうである。
連れて行ってくれた近所の電器屋のおやじ殿は、故人と
なられてから、もう25年が経つ。

posted by 山口屋散人 at 04:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょいTrip | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック