2011年05月26日

被災ペット

今日の読売に載っていた。
被災したペットを救済している団体の紹介だ。

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この団体はSORAという。

今は亡き江花弘章さんが「盆地のタクシードライバー」というサイトを開いていた時、
稀に掲示板などに投稿されていた福島の方だ。
そこから辿ってその方が開いていたサイトを度々訪問していたのだが、いつの間にか
閉鎖してしまっていた。
福島の風景やペット、息子さんと思われる幼児の写真が素人とは思えないほど素晴ら
しい出来映えのものだったのだが、謎の部分が多く、サイト全体がポエムで出来てい
る様な不思議な構成だった。

今はこういう活動をしているらしい。

 SORA

 福島被災動物レスキュー

posted by 山口屋散人 at 17:40| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年04月24日

約50年ほど前の万世大路二ッ小屋隧道の姿

元国交省に勤務され、現在の栗子ハイウェイ工事に直接かかわった鹿摩氏から
今村昌平監督作品である「赤い殺意」(DVD)をお借りすることが出来た。
(鹿摩氏は現在万世大路研究会で活躍されており、先日は二ッ小屋隧道の氷柱見学にも
参加して下さった)
調べてみると1964年6月、東京五輪の年の封切りである。
ということは多分1963年から1964年の冬にかけての景色でありそうだ。

さて、「赤い殺意」のDVDであるが、小生の苦手なモノクロの暗い画像の映画である。
陰影を尊ぶのは良いが、鑑賞には疲れるものだった。
しかし、映画史的には非常に評価の高いものではあるのだ。

これを何とかして(二ッ小屋隧道)の部分だけ取り出せないだろうかとやってみたが
小生の力量では如何ともしがたいので、直接ビデオカメラで撮っちゃうことにした。

安物のカメラであるので更に画像は悪いのだが、50年前の二ッ小屋隧道が、しかも
冬景色のものを見られるということで、ご勘弁を。




犬猫 追記


上の動画をアップして気がついたのだが、「赤い殺意」を14に分割して載せている方がいた。
こちらのほうが鮮明であるので、リンクさせてもらう。

posted by 山口屋散人 at 00:37| Comment(4) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年02月26日

蓬莱岩と蓬莱発電所を見物

先週、松川の西光寺からの帰り道、見たことが無いと友人が言うので
蓬莱岩を見物に行った。

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福島で育ち、高校卒業までは福島市民であり、実家も市内に存在している友人が
いたく感激しておった。確かにここから眺める蓬莱岩は見事ではある。

   犬

ついでに蓬莱発電所にでも寄ってみようかということになった。
地図を見ると近くまで行けそうだ。

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何か無造作に・・という感じで近づくことが出来た。
そして見学者を想定しているのかどうか、タービンが展示してある。

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上流にある飯野町のダムで溜められた水が導水され、一旦発電所の上の調整池に
プールされ、そこから放水管の中を一気に下り、タービンを回す。
そして水流を弱められて、また静かに元の阿武隈川に帰っていく・・。

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何とはなしに、人の一生を思った。
posted by 山口屋散人 at 00:01| Comment(10) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年02月24日

192分の16

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順位の付く試験など高校時代いらいではなかろうか。
ともあれ先月の福島通検定試験の採点結果が届いた。

自己採点通り88点だった。
90点以上獲得して、達人レベルに達した人は10人。
小生は2点不足して16位。
ということは1点不足で達人になり損なった人が5人いるということ。

小生以上に歯軋りして悔しがっている人が5人いることは、実ニ嬉シイ。
posted by 山口屋散人 at 08:56| Comment(3) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年02月21日

天明の大飢饉 松川の西光寺 人骨収集塚の碑

晴れの日曜日、友人と連れ立って、のんびりと松川町の西光寺に向かう。
ここに天明の大飢饉の時に、行き倒れの人々の遺骸を集め弔った碑があるという。

ネットで調べてみると、なんとあの眼鏡橋のすぐ上流にあるお寺さんのようだ。

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真言宗豊山派とあるだけで、その他の説明書きが一切無い。
庫裏に案内を請うまでもなく、探し回る。

本堂の西側から裏にかけての墓地を探し回ること数分。
かねて書物の上ではあるらしいと知っていた「とっくり」型の墓石にめぐりあった。

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酒が大好きで、身を持ち崩すほどでもなく一生を送った人なのだろうから、どこの寺の
どこどこにある、とあっても良さそうであるが、やはり人のお墓である。微妙に所在を
隠していることが多い。(だからこのお寺で出会ったと書いていいのか迷う)

とっくりの墓石を撮っていると、なんと住職がゴミ袋のようなものを提げて歩いてきた。
僥倖と言わずして、何と言う。さっそく天明の大飢饉の人骨収集塚碑の所在を聞いてみた。

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他の書物でみた碑は「これだっけかな?」と一応チェックしていたものだった。
あまりにも素っ気が無かったので「まさかこれ?」としていたものだったのだ。

住職に「案内板があるのかと思ってました」と言うと、「檀家さんや、その他の人にも
そう言われます」とのこと。では、何故にそうするのかという疑問もないではないが、
そもそも無縁の行き倒れの人々のお墓のようなものだ。観光資源ではないということ
なのだろうと勝手に解釈し、それ以上の質問は控えた。

会津若松の秀安寺に「小原庄助」さんのお墓がある。
あの歌に唄われた方と同一人物なのか、たまたま同姓同名なのか諸説があって、よくは
知らないが、そこにお邪魔した時に、住職の奥様に案内していただいた。
本堂からは階段を三階分くらい登って少し歩くという距離で恐縮した。
やはり、何故に案内板を出さないのか聞いたことがある。
「人のお墓ですから」というのが答えだった。

話を西光寺に戻す。
例の畳石山のお地蔵さんについて聞いてみた。
あのお地蔵さんの向いている方向は、僅かな誤差でこのお寺の方向なのだ。
しかし、その畳石山のお地蔵さんとこのお寺さんとは関係がないという。
「西方浄土」ということで、西を向いて拝むということもあり、向きを真東に
向けるということは多いという。このお寺さんも本堂は真東を向いているのだそうだ。
そして、それと同一かどうかはっきりしないのだが、やはり山中深く鎮座するお地蔵
さんがあるという。(だとしたら、えらいこっちゃ)

数分の立ち話であったが、別な話で、あのお墓は享保の一揆の指導者の一人ですよ、と
聞いた。(当然、何の案内板もない)

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享保の一揆は、二年前ほどだろうか、立子山の疣石峠まで訪ねたことがある。
そして佐原の太郎左衛門の義民の碑など、小生にも多少の縁がある。

打ち首獄門さらし首、になった首謀者以外にも、それに次ぐ数十名の追放された
人々がいる。その中のどうやら一人らしいのだが、その姓名に記憶は無かった。

自分が一揆に加わるとしたら、首謀者になどなれはしない。
ただのその他大勢か、義にかられて追放処分を受けた60数名の最末端くらいに
名を連ねられるだろうかと、妙に反省した。
posted by 山口屋散人 at 00:14| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年02月17日

餓死地蔵

市内矢野目に天明の飢饉で建立された餓死地蔵があると聞いたので、行ってみた。

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この頃は天明の大飢饉について図書館に行ったりしているのだが、うまく行かない。
posted by 山口屋散人 at 16:54| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年02月09日

巨大氷柱見学ツアー



写ってないのは小生だけ。少し長いです。
posted by 山口屋散人 at 17:15| Comment(2) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年01月17日

やっと行けた高石仏板碑群

去年の春から行ってみたいと思っていましたが、検定試験のあと、やっと行けました。

posted by 山口屋散人 at 22:29| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

達人への道は険し

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第三回のふくしま通検定試験は昨日だった。
合格は70点以上、さらに90点以上は「達人」となる。

狙うはもちろん「達人」であり、そのつもりでちょこちょこ勉強らしきものをしていた。
すしところ辰巳の女将さんからは過去問もちょうだいしたし、これだけでも合格の
70点はほぼ確実であり、ここから難問珍問奇問をどれだけ上積みできるかに鍵はあった。

結果は88点の得点だった。(つまり達人に2点足りない・・ガクッ)
致命傷は祭りと文化のジャンルで21問中、7問を落とすという大失態だった。

自然と環境のジャンルも2問落とした。
それも「種まきウサギ」と「五色沼(魔女の瞳)」についての2問だ。

種まきウサギはこんな問題だった。
○ なぜ雪ウサギが出現すると種まきの目安になったのか?

正解は多分、@雪解け水が里に降りて来る。 か、A日中の気温が安定し晩霜の心配が
少なくなる。のどちらかであると考えた。

小生の選んだ答えは@の水。
晩霜の心配よりも、水の確保のほうが重要ではないのか、と思ったのだが不正解。

「魔女の瞳」の問題は、昔からある祈祷が行われていたが、どんな祈祷かという設問。
毎年必ずと言ってよいほど会いに行っているところだが、まったく知らない。
正解は、C石を投げ入れ、雨乞いをした だった。
あんな所まで行って、雨乞い・? 石を投げ入れる・!(環境庁が怒るぞ〜)

しかしなぁ、信夫三山暁まいり、は、なぜ暁にお参りするのか、というと、
神は夜でないと降りて来ないためだそうだ。(そうだったのかい?)
ということは日中はお留守だから、お参りしても無駄っていうことになるのかしらね。

   犬

ということで、小生の「達人」取りは失敗に終わりました。
すしところ辰巳の女将さん、たいへんお世話になりました。
ご期待にそえなくて申し訳ありません。
きっと何年か後に再開されると思うので、その時まで命脈が続いていたら再・・・。
posted by 山口屋散人 at 22:22| Comment(2) | 福島 | 更新情報をチェックする

2011年01月10日

ちょっこら行ってきました

またまた畳石山のお地蔵さんに会いに行く。
ただし一度行ったからと磁石ひとつで地図も持たず侮ったので二往復分くらい
歩き回るという痛い目に。





(このブログの容量の関係で動画を直接アップ出来ないので、YouTubeで遊んでみました)

猫

あちゃ〜!
動画の編集など初めてしたせいか、そちらに気をとられて、大ボケ!!
「石畳山」ではなく「畳石山」でした。
面倒なのでこのままにします。

犬

どうにかタイトルだけは簡単に変更できるようで、やってみました。
しかし、動画の中の初頭のテキストの変更はそうはいきませんで、そのままです。
posted by 山口屋散人 at 16:24| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2010年12月20日

福島通検定試験余話

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第三回目で最終回である福島通検定試験の人気がないらしい。
申し込み期間を延長して、受験者増を待つとのこと。
これが選抜試験であれば、受験者が少ない方が喜ばしいが
認定試験であるので、合格には無関係である。
しかし、やはり大勢で受けたほうが面白いのは確かだ。
(小生は既に申し込み者115人の一人である)

だけどなー。
「特に学生などの若者に受けてもらいたい」との談話にはカチンときたね。
小生ごとき年寄りは歓迎されないということか!(プンプン!)
そう女房どのに話したら、
学生服着て試験受けてきたら?」だって。

(押入れに高校時代の学生服がまだある。下駄はいて行ったろかい)
posted by 山口屋散人 at 09:04| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2010年12月06日

畳石山 お地蔵さんに会いに行く

2006年に福島キャノン山の会さんが「福島市周辺の山」というのを出した。
その中にどうも気になってしょうがない記述がある。
「畳石山」の項目だ。

『730ピークにさしかかると突然ヤブが無い石がゴロゴロしている小さな
場所に出るが、そこには120〜30センチと40〜50センチのお地蔵様が
立っていた。道も無いこんな所にお地蔵様があるとはなんとも不思議。』

「行って見物してこにゃあ、なるめい」・・それが今日だった。

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DSCF0344.jpg (道の駅つちゆから、進行方向確認)

半分はきぼっこの森遊歩道を歩けるが、残りはヤブ漕ぎを強いられる。
見通しのきかない森なので、コンパスを頼りに歩く。
夏はとても来れないというヤブ山だ。

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ようやくのこと、だんだんとそれらしくなってきた。
突然ヤブが開けるというような所には出会わず、周辺を歩き回る。

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何の前触れも無く「あった!」という感じで発見。広場というほどではない。
サニパン氏との二人連れであったが、一瞬ドキッとした。

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二体のお地蔵さんの前にはチョコレートと十分ご縁(15円)のお賽銭があった。
こんな所だが、誰か参拝する人がいるらしい。また古い傷跡だが周辺の木が何本か
伐採されているので管理をする人がいるのかも知れない。
ところで、このお地蔵さんは正確に東を向いて立っていた。

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裏に彫られた文字は「天明」と「八月吉日」は読めた。
家に帰って画像を調整していたら、残りの字もなんとか判読。
「天明二 壬寅 八月吉日」とある。
天明2年(1782年)は正しく壬寅(みずのえとら)である。
何と228年前に建てられたお地蔵さんであった。

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帰路は探す手間がいらないので、方向だけあっていれば良い。
ところがヤブのため方向を維持することが難しく、40分近くかかってしまった。
posted by 山口屋散人 at 04:19| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2010年11月25日

少しだけ歴史的遺物

荷物を整理していた家人が見つけてきた。
我が北裡商店街に歴史資料館があれば間違いなく展示物となろうものだ。

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だいたい北裡のマークなんて初めて見たのではないか。
「あったんだー!」という感じ。

一緒に当店だけの物も出てきた。

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これらは中合の御誂(おあつらえ)の袋に入っていた。

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中合の電話番号を見て欲しい。局番が無い時代のものだ。

犬

ちなみにこういうのをハッピというのかハンテンというのか自信がなかったので
調べてみた。
キーワードを二つ、法被と半纏と入力すると、グーグルのおせっかいが、
「法被と半纏のちがい」という項目を出してくれた。(ネットは便利だな〜)
それによると、半纏というのが正しいようだ。
posted by 山口屋散人 at 19:34| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2010年11月24日

めざすは達人・・どうすっぺ?

あまり興味のなかった福島通検定試験なのだが、今度の試験は日曜日に
設定されている。しかも第三回目でこれで打ち切りだという。
ちょっと受けてみようかな・・という気になった。

とにかく公式テキストというのを手に入れねばなるまいと書店に行く。
新刊書店は久しぶりだ。(いつもはブックオフばかり)

郷土関係の棚に見当たらない。
ついでに歴史春秋社から最近出た「信夫」というムックをながめる。
良ければこれも買おうと思ったのだが、思ったような編集ではなかった。
パラパラとめくると、立子山の疣石峠の義民の碑の写真があったのだが
この本では桑折の寛延義民の碑となっていた。明らかに間違い。
ちょっと完成度が低いんじゃないだろうか。ということで不買。

ところで肝腎の本、郷土関係の所に無ければ、レジカウンターの近くに横積み?
と見当をつけてウロチョロ、キョロキョロする。
中のお姉さんに怪しまれる。
意を決して、「あのぉ〜商工会議所で出している福島通の・・・」と言うと
はい、ありますとカウンターを出て持ってきてくれた。
小生が何度も往復したカウンター前にあった。
思ったよりサイズが大きいので気づかなかったのだ。
(勝手にA5もしくはB6と決めつけていたのを反省)

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内容的にはつまらない本だった。半分は宣伝だ。これで1000円は高いんと違う?
posted by 山口屋散人 at 16:23| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2010年11月07日

渡利地区の神社仏閣けんぶつ

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歩こうかチャリにしようか、散々迷ったあげくチャリにした。
まず一番近い「仏眼寺」から。
この寺には何度か葬儀で来たが、今日は見物で訪れた。
板倉三万石の領主が初めて領国入りをする時に、伏拝で直訴におよび
後に処刑されてしまった義民菅野作左衛門の顕彰碑である。
漢文が不得意だったのを忘れて読もうとしたが、経年劣化で字が判別しない。
古い物なのかと帰ってから調べてみたら大正15年に作られたとのこと。
比較的新しいものなのだが・・

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次に向かったのは七社宮神社。
ここに松齢橋の碑がある。
こちらは明治16年建立であるが、鮮明である。
今の福島市内一帯から資金を集めた先人の苦労がしのばれる碑だ。

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社殿の右脇には耕地整理の記念碑があったが、スルーするつもりだった。
しかし、一応は眼を通すかと思い直し、読み出すとあらら・・
小生の姓は齋藤という。
この時の組合長を務めた齋藤吉兵衛というのは(その家は代々吉兵衛を名乗る)
本家の本家、つまり大本家なのである。逆に言うと分家のその又分家。
母の代までは何か人寄せがあると出入りしていたらしいが、今は皆無ではある。
ともあれ、縁の人に思いがけず出会った。

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次は春日神社へと向かう。
ここは間違って車で前を通ったことがあるが、行こうとしてもなかなか困難
である。渡利地区はややこしい。

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ここでの見ものは樹齢500年とかいう大杉。
以前は30米の高さがあったらしいが、今は残念ながら半分。

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社殿の脇には蚕祖神社と忠魂碑があった。
ここらへんでも養蚕がさかんだったのだろうことがこれで分かる。
忠魂碑は「登るな」とあるため、近づけなかったので、先の大戦のものか
日清、日露、日支事変のものか分からなかった。
元帥子爵何某と読めるので、日清日露のどちらかだろう。
国の存在をかけて戦った英霊に、今の総理と官房長官はどんなふうに見えるの
だろうかと、つい思ってしまう。

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さてと帰路につく。
三本木橋を渡りながら、競馬場を眺める。
(きっとサニパン氏は最前列に陣取り、馬を撮っているに違いない。)
posted by 山口屋散人 at 19:59| Comment(3) | 福島 | 更新情報をチェックする

2010年10月11日

児童公園

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小規模ながら根強い人気に支えられる桜木町の児童公園。
この冬の閉園を待って、隣接する児童文化センターと一緒に大幅な改修を
されるそうである。

すると、不確かな記憶であるが「雲」とかという名がついていたこのモニュメントは
整理されるに違いない・・
そう思って、写真を撮りに行ってきた。

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下の画像は、昭和32年あたりの小生の保育所時代のものである。
この保母さんと子供達が乗っているのが、上のモニュメントなのである。
実に半世紀以上前から存在しているのだ。

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この画像には余談がある。
上のほうにいるヨー君とその当時によく遊んだ。
ヨー君は利発で体も大きく元気で人気者だった。
しかし引越しをしてしまったために同じ小学校に入ることはなかった。

F高校3年のある時、隣席のSが話しかけてきた。
「うちが仲間町なんだって? 実は俺も昔住んでいたんだ」
あらそぅ、で、どの辺?という話になって、よくよく聞いて見ると
「あれっ・・? あの辺にはヨー君というのがいて、昔よく遊んだぞ」
「じゃ、それは俺だ」
そういえば、彼の名は「洋(よう)」といった。あのヨー君だったのだ。
(現在彼は県庁職員として活躍中である)
posted by 山口屋散人 at 10:18| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2010年10月04日

寅次郎のパパさんへ

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ちゃんと撮ってありましたよ。
撮りながら、「また、寅パパの祖父さんだったりして・・ね」な〜んて
考えていましたが、書いた人の名前までは見ませんでした。

改めて画像を原寸大で見てみると、「克譲」と読めますね。
またご縁があったとは驚きです。
posted by 山口屋散人 at 17:09| Comment(3) | 福島 | 更新情報をチェックする

駆け足でまわる

まずは先ごろ公開された旧佐久間邸
1866年の世直し一揆の傷跡が残っている。

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次は佐原の義民霊堂

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裏に名も無きお堂があり、どこかでお目にかかったような顔が・・
さらにその裏は荒川発電所。

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今度はちょっと戻る形になるが、テレビ塔が林立する笹森山へ。

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また荒川付近にもどり、地蔵原堰堤に。
うろちょろしたら、畜産試験場のベゴに遭遇。逆に見物される。

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posted by 山口屋散人 at 04:26| Comment(1) | 福島 | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

福島の隠れ里 黒岩小原

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福島市政だより H21.10 」の表紙になった風景。
一本道の先はどん詰まり。背後は阿武隈川。
そこに、豪農の造りの家
まるで中世の砦を見るような感じ。

旭台団地に車を置いて、てくてくと約20分ほど歩いたか。
行きはよいよい、帰りはコワい。
posted by 山口屋散人 at 16:49| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする

2010年09月05日

さいで地蔵 ケンブツ

「さいで」とは多分この福島の方言(ネットでは調査不可でおそらく死語)だろうが、
手首、及び指関節の病を指すらしい。現代語に直せば、関節炎、腱鞘炎ということか。

土湯街道沿線に「さいで地蔵」があるというので、見物に出かけた。
「さいで」という病に田植えの時期にかかると仕事が出来ないので、予防と治癒を
願った地蔵様だ。

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西公民館という所に車を置かせてもらう。
あとは炎天下の中、歩いて調べる。地元の人はだぁ〜れも出てきてない。
民家の敷地と思える所に小さなヤシロ発見。これかぁ?
半沢光夫氏の「福島発 歴史地図」には木で船形を作って奉納するとある。
なるほど、それらしいのが左にあるし、地蔵様自体が船形の中にいる。

近くで農作業をする人に、聞いてみた。
残念ながら地元の人でないので分からないという。
畑を借りての日曜農業みたいだ。
しかしながら多分、間違いないだろう。

帰宅してから調べるともう一つ、清水中の東にも「さいで地蔵」があるらしい。
それほど、江戸期の田植え作業というのは手首を酷使したのだろうか。
素人考えながら、腰のほうが辛いのでは・・と思ってしまうのだが、どうも
「腰痛地蔵」は聞いたことが無い。

なぜ「さいで地蔵」見物かというと実は肘にも効くのではないかと思って、お参りして
みたくなったのだ。
去年暮れからの肘痛、テニスもしないのにテニス肘とは笑えない。
父母のルーツを探っても、百姓だ。だったら効能があるかもしれない。

   犬

先週の塩沢温泉からくろがね小屋のコースは途中で鎖を使って登るという箇所がある。
何でもないような所なのだが、あらら・・肘に力が入らない。少々あせった。
おせっかいな・・と思えるような鎖を握って、自分の体重を保持できないというのは
少々情けなかった。
posted by 山口屋散人 at 22:54| Comment(0) | 福島 | 更新情報をチェックする