2006年08月10日

創意と工夫

どんなものにも工夫の余地はある。

世の中たいくつしないようにドンドン創意と工夫を
発揮しましょう。

unko型カラシ(冷し中華のカラシ)
posted by 山口屋散人 at 20:47| Comment(3) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2006年07月27日

トイチ、ハイチ

トイチとハイチはいわゆる隠語である。
トイチは上という漢字を分解したもので、ハイチも
下の漢字なのだが、これは少々強引で頭を左側に
ひねらねばわからない。

何の隠語かと言うと、上客がトイチ。
反対に困る、歓迎しない、嫌な客がハイチ。
もともとは呉服屋さんの隠語らしいのだが、蕎麦屋の
業界でもまだ生きている所があるらしい。
(多分、福島では死語か、未使用)

蕎麦屋にとってトイチ(上客)とはこういう客である。
「週に三四度、同じ時間帯に来てくれて、だいたい
同じものを注文し、時には他のお客さんを連れて
来てくれるお客様」

高いものを食べてくれるお客さんではないという
ところが他の物販店と違うところか。

ではハイチ(上客の反対語は?)はどんな客か。
混んでいる時に蕎麦が固いの茹で過ぎだのと
クレームをつける客、食べ終わっているのに
なかなか席を立たない客だそうだ。

だそうだ、と他人事に書いたのは種本にそうあるから。
藤村和夫「蕎麦屋のしきたり」(生活人新書)

noraneko2

では我が店の場合はどうか。
トイチはそんなもんかなぁーという感じ。
ハイチは不潔な人、ふんぞり返って威張っている人、
新聞を全部自分の席に持ってくる人、こっちの
都合などおかまいなく呼び付ける人、なかなか
帰らない人、むやみに話しかける人、大声で
聞こえよがしに話す人、あとはオバチャンの集団。
「さて、これからお昼本番!」という時に、
オバチャンの集団に入ってこられると、
オーマイガット」なのである。
posted by 山口屋散人 at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2006年04月28日

天カスとは言わせない

「天ざる」はオイシイらしい。
(お店にとってオイシイという意味である)

恥ずかしながらウチでは止めてしまった。
ウチの店にとってはオイシクないのである。
なぜか?
常連のお客さんはほとんどがサラリーマンである。

そういうお客さんが一時間の昼休みのなかで
「天ざる」など食べるはずがない。

そういうものを頼むのは、初めて来たような
お客さんが多い。

「天ざる」は手がかかる。初めてのお客さんに
時間を取られ、常連のお客さんの注文が遅れる。

どちらが大事か、考えるまでもない。
ということになる。

だから、という訳ではないが
ウチでは「揚げ玉」をわざわざ作る。

agedama1

これからこれを使った冷たい蕎麦が多く出る。
「天ぷらカス」ではないのである。
posted by 山口屋散人 at 20:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2006年04月07日

既成概念の打破

先月のことだと思う。
店で取っているスポーツ紙に素人の蕎麦打ち名人の記事。
この類はつまらないのであまり読むことはない。
しかし、手作りの道具という写真に目をとめてしまった。

それは竹を利用して造ったものだった。
蕎麦打ちの一番の要となる水回しに使うものだ。
「なぁ〜るほど、上手いことを考えたもんだ」
十分な強度としなり、二本の太い箸を使うより
より効率的であり、力も少なくて済みそうだ。

もとが竹なら小生にも細工くらい出来そうである。
早速、近くの山に竹を取りに行った。
なかなか手ごろな太さが見つからず、
相当歩き回る結果となってしまった。

とりあえず、出来たのがコレ。

dogu1

素人名人、恐るべし。
こういうのを造ってしまう発想がすごい。

ところでこの道具、まだ使っていない。
posted by 山口屋散人 at 20:40| Comment(1) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2006年03月17日

36時間の眠り

蕎麦は「打ちがけ」(打ちたて)に限る、という定説だが、
実際には少々時間差がある。
打って直ぐよりは30分〜1時間位がベストとする説が多く
小生もまたその説に賛成である。

それに反して「ラーメン」の麺、つまり中華麺は
寝かせる必要がある。
宣伝の上手い大手などは「熟成させる」と表現する。
なに、要するに腐敗への道を辿らせるということである。
ステーキは腐る寸前が一番うまい、と言われているが
ひょっとするとラーメンもそうかも知れない。

ramenn2

ウチで造る麺は36時間置くと落ち着いてくれる。
60時間経過すればベストだが、なかなかそうはいかない。
売れなければ置けるのだが、おかしなことに
売れ出すと止まらない。36時間置けないで出すことも
往々にして(いや、頻繁に)ある。

不思議なのは36時間の中身である。
同じ36時間でも、夜間の存在が一回か、二回かの違いがある。
むろん、二回あったほうが望ましい。

思うに太陽から一番遠くなる時間が長ければ
長いほど良いということではないのだろうか。
それだけ深く眠れるのでは、と思っているのだが。

posted by 山口屋散人 at 21:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2006年02月10日

ほぃ来た!

「いなにwわぁ・・」
ありゃりゃ、またかいな・・とつい思う。

最初に言われたのは10年ほど前だろうか。
何を言われているのか理解できなかった。
お客さんの指差す方向で、あぁこれか・・とは
思ったが、返答に詰まったものだ。

inaniwa

確かに「いなに」とは読める。
だから稲庭うどんと連想してしまうのだろう。

漢字読みの間違いを指摘しても仕方がないので
「あー、それはアブラゲそばのことです」とか
「キツネそばのことです」と言うようにしている。

面白いことに間違ったお客さんはそれを
注文しないでほぼ100%別なものにする
posted by 山口屋散人 at 20:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

粋という拘りなりや

mori3

一番のお客さんの注文はモリ3枚だった。

冬は当然ながら温物が多い。
だから当然、蕎麦もそのようにシフトしたものを打つ。
従って、冷たい蕎麦の点数は低くなる。
夏はこの逆である。

一般的に言って、冬でも冷たい蕎麦を注文するのは
相当の蕎麦好きである。
そういうお客さんに温物用に打った蕎麦を出すのは少々ツライ。

また、「大盛り」とか店によってはそれ以上の「特大盛り」
というものを好まず、セイロ二枚とか三枚とか、頼むお客さんもいる。
量的にはさほどの違いがないにも拘らず、値段は少しく違ってくる。

店側としては、ちょっと複雑なところでもあるが、
そういう「美学」なのだろう、と解釈して済ますことにしている。
posted by 山口屋散人 at 21:48| Comment(5) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

どっかで見たゾ〜

飲食業界の福島県の広報紙だったと思うのだが
こんな話が載っていた。

「冷凍食品を使ったら、腕を上げたと客の評判が良い・・」

よく手打ち蕎麦の名人が言う。
「下手な手打ちより、上手な機械打ち」

さすれば、「下手な手作りより、冷凍食品を上手に」
ということにでもなろうか。

冷凍食品の品質向上は目を見張るものがある。
手の込んだ一見して工場生産とは見えない物もあり、
料理職人さんは皆、冷凍の工場に勤めだしたかと
いうほどである。

reisyoku

お正月に温泉旅館などで過ごした方、お膳に画像のような
料理が並んでいませんでしたか?
いやなに、おいしく召し上がったのなら、何も問題など
ないんですけどね。(失礼しました)
posted by 山口屋散人 at 20:36| Comment(4) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2005年12月27日

この季節

大晦日(おおみそか)と聞くと背筋がざわwとする。

以前は夜の九時ともなると、蕎麦の出前で忙しかった。
出前は深夜12時ころまで続き、そこからは元朝参りの
お客さんがお店に、それこそ押しかけて来たものだ。

時代は変わり、出前は止め、深夜営業も止めてしまった。

かわって登場してきたのが、こんなヤツ。

tosikosisoba

先日、同業の蕎麦屋さんとこんな話をした。
「なんでこんなもの売れるんだろうね」ということだ。
その蕎麦屋さんも同じことを言っていた。
「上手く蕎麦をゆでられるわけがない」

それでも需要があれば供給がある。
うちのような店でも、数十個くらいはつくる。

一切の宣伝も店内ポップも無いにもかかわらず、
いつものお客さんが毎年予約を入れてくれるのだ。
当店のキャパでは物理的にこれ以上は無理なので
まぁ、いい塩梅というところか。





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2005年12月08日

満腹感?

あらかた二百年前の人だが、フランスに美食家だか法律家だかの
サヴァランという人がいる。
この人が、
「普段、君が食べているものを言ってみたまえ、
君がどんな人間であるか、当ててみせよう」
という様なことを言った。

塩辛いものを好む人は、やはり人間もシオカライ・・?
なんてレベルのことではないだろうが
わが店を例に出しても、何となく以上に理解できる。

どんな人間か、というのは難しいにしても
どんな食生活をおくってきたか、もしくは
近頃どんな食生活か、を想像することはできる。

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たとえば「ラーメンの大盛り」がある。
最近の若い人達は大盛りは注文しない。
注文するのは団塊の世代以上の人達だ。
この人たちは子供のころ、ラーメンは御馳走だった。
なかなか口に入らないラーメンを腹いっぱい食べる・・
というのが、満足感につながるのだ。
そして、この方々は蕎麦はめったに食べない。

現在の社会的地位が相当高い人でも相変わらず
子供の頃の味覚的満足感、満腹感を引きずっているのは
面白いと言えば面白く、正直でもある。
変にグルメをきどることもないのも良い。
ただ、ちょっとダサイので、そろそろ
「ラーメンの大盛り」は止めたほうが良いと思う。

posted by 山口屋散人 at 23:12| Comment(5) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2005年10月28日

ざるもり?

「あのぉー聞いていいですかぁ?」と遠慮がちに
言われると、何のことだべなーと一瞬不安になる。
質問は
「ざる、と、モリとはどう違うんですか?」
ということであった。

おかしなもので、ついこの間も同じ質問をうけた。
やはり、若いお客さん(いづれも女性)だった。

そう言えば、「ざる」と「もり」の両方をメニューにのせる
店はそう多くはないだろう。
「ざる」しか置いてない、または「もり」だけ。
どちらでもなく、「せいろ」とする店もある。

小生、少々人が悪いので、
「詳しく説明すると30分かかりますけど・・」と脅す。

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どう違うのかと言うと、説はいろいろある。
ワサビが付く、付かない。
ツユに味醂が入っている、いない。
海苔がかかっている、いない。

一番合理的な説は「江戸職人もり蕎麦説」だろう。
忙しいお江戸の職人のためのFastfoodが盛り蕎麦だったというのだ。
セイロ、または椀にもった蕎麦を
「一杯くんねぇ」「あいよ」てな具合で、
時間に余裕の職人はツユにひたして、
余裕のない職人はツユをぶっかけて食べる。
茹で置きした物だから、毒消しのためにワサビを付ける。

他の旦那衆は、注文があってから茹でた蕎麦を、
つまり、ざる蕎麦を食べる、というのだ。

前半の部分はまだしも、後半の、それが何故「ざる」となるのか
についてはイマイチ説得力に欠ける所ではあるけど。

「蕎麦」についての諸々は、あまりに庶民的であり過ぎたために
なかなか定説というのが無いのが困るところである。

うちの店の「もり」「ざる」の違いは、実質的に海苔の違い。
セイロの形がもりは方形、ざるは円形であるが中身は同じ。
posted by 山口屋散人 at 21:56| Comment(3) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2005年10月19日

麺類の定義?

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当業界の県単位の団体はちょっと前まで
福島県麺類飲食業環境衛生同業組合といった。
それが現在では
麺類が抜け、環境衛生が生活衛生になり
福島県飲食業生活衛生同業組合という。

福島県の場合、環境衛生業種というのは13ある。
(現在では生活衛生とその名を替えた)
例えば、一般的な食堂蕎麦屋レストラン等のうちの業界。
寿司屋さんの団体、飲み屋さんなどの社交飲食の団体、
床屋さんの理容、美容院の団体などなど。
変な?ところでは、興業の団体もある。
つまりは映画館、劇場の団体も生活衛生業種らしい。

話が変な方向にいってしまった。
画像は昭和の終わりから平成元年にかけて編集、印刷発行されたもので、
小生も編集にかかわった我が業界の三十周年記念誌である。

この中にこんな話がある。
団体の設立時の話である。
団体の名称に「麺類」を入れるかどうか、だいぶもめたと言うのだ。
ラーメン屋さんたちから、「麺類」と入れることに反対があったのだ。

この理由はと言えば、現在では考えられない理由なのである。
この時代、昭和の30年頃は、麺類とは「うどん、そば」だったらしい。
だから団体の名称に麺類を入れると
「なんだ、俺たちをまぜない気か!?」となったらしいのだ。
つまり、ラーメンは麺類ではなかった・・?

現在では麺類と言われて、最初に思い浮かぶのは何だろう。
スパゲッティ、パスタなんていうのも麺類だろうし・・
しかしラーメンは上位三つの中には絶対入るだろうと思う。
時代の空気というのは、吸ってみないと理解しがたいものだ。
posted by 山口屋散人 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

ともかくも・・

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今年の新蕎麦が入荷した。
昨日注文したら在庫が無いという。
切り替わりのため、在庫調整をしているとのこと。
そのかわり新物が明日到着するので、待ってくれという。
今年はドンピシャのタイミングだったようだ。

新物が出回ると、昨日までの蕎麦が「ひね物」となる。
一日でワンランク以上に格が下がるわけである。

去年は台風の影響でメタメタだった。
今年は良好とのこと。

ただ、うちの蕎麦粉屋さんは最初からイイのを
出してこない。
・・・と小生は経験上、疑っている。

ということで、あまり期待はしていない。
(明後日あたりに開封かな)
posted by 山口屋散人 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2005年09月16日

争奪戦?

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争奪戦ではなく、「押付合戦」なのである。
曰く
小生 「ハイ、お昼にどーぞ」
女房 「イヤダ〜、あんた食べな」
小生 「いや、俺は製麺担当者として、ちゃんとした蕎麦を食べて
    味見をしなければいけないから、断固拒否する」
女房 「給料ないんだから、蕎麦くらいまともなもの食わせろ〜」
小生 「贅沢を言うな、食えるだけマシだっぺよ」
こういう低レベルの押付合戦なのである。
大概は小生が食べるはめに落ち着く。

手作業ゆえ、その日の調子で蕎麦のサイズが若干違う。
同じ蕎麦粉を使っているにもかかわらず、茹でぶとりするものや、
そうでないものなど、いろいろで茹でてみないと判らない。

最初の二人三人分は試し茹での要素もあるので、
多めにゆでることになる。
それと避けなければならないのは、規定量に足りないことである。
追加で茹でたのでは、先の蕎麦が伸びてしまう。
だから、余るのを承知で多めに茹でることになる。
若いお客さんなどにはそのまま出してしまうこともあるが、
多ければ良いというものでもない。
結果として、画像のような余り蕎麦の集合体が出来上がるのである。

歯ごたえは無いが、実は案外イケル。
posted by 山口屋散人 at 20:39| Comment(1) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2005年07月14日

タラシメルモノ?

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B級かC級か知らないが、たかが蕎麦ひとつでも
その完成品はA,B,C,D,E・・という材料を
組合せることで出来る。
ある店はAにこだわり、ある人はBに執着する。

我が店の場合、特徴的な材料と自認するものが
上の画像のオガクズみたなダシである。
「山口屋をして山口屋たらしめているもの」
それがこのダシであろうと考えている。

これが手に入らなくなってしまったのだ。
鰹節業界も職人が減り、機械化されることで、この「上削」という
ダシは姿を消すことになってしまった。

それにしてもこんなに急に来るとは予想しなかった。
品薄ぎみで変だな、とは思っていたのだが・・

この「ダシ」、少々思い出すことがある。
「そんなのまだ使ってんの?あれじゃーね、旨いダシは取れないよ」
と飛ぶ鳥落す勢いの大型店MKさんに言われたことがあった。
今考えれば、失礼な、と思わないでもないが、
当時小生はカケダシのアンチャンだから仕方がない。
そう言われながらも、あれから20年以上も使っている。

ともあれ、アイデンティティに関わる事で、困った。





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2005年06月14日

かれー?

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「蕎麦屋のカレーライス」は旨いと頑なに主張する人がいる。
不思議なミスマッチなのかも知れないが、蕎麦の専門店は
まずメニューに置いてない。
相変わらず置いてあるのは、昔ながらのウチみたいなC級蕎麦屋である。

蕎麦屋のカレーライス、いや「ライスカレー」はいわゆる小麦粉カレーである。
カレー粉と小麦粉とラードでフライパンで炒めてルーを作った。
今時そんなことをする蕎麦屋はいない。
だから「蕎麦屋のカレー」は既にもう姿を消していて、信仰だけが残った。

この頃、お年寄りのご夫婦のどちらかがカレーを頼むことがよくある。
二人だけの生活になると作るのが面倒なのかもしれない。
そうかと思うと、来るたびに「カレー」のお客さんもいる。
そういうお客さんを集めると、どうしてもある種のカテゴリに分類される。
曰く、
「我侭おぼっチャマの成れの果て」みたいな人が多いようだ。
posted by 山口屋散人 at 20:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2005年06月01日

手間惜しむ?

理解に苦しむ新聞記事に出会った。
今日の読売くらし欄の生活探偵という記事だ。
蕎麦に付き物の薬味ネギについて書いている。

yomiuri-1

それによると、最近は薬味ネギ抜きの人が増えているとのこと。
(それは色々と個人の都合があるから仕方がない)
しかし、刻んだネギを水にさらさずに出す、手抜きの店が
増えたためでもあるのではないか、と結論づける。

これには少々異論がある。
水に晒して匂い成分を消すという作業が当たり前という
前提のようだが、出発点が違う。
本来、刻んだネギをそのまま出すのが当たり前なのだ。
匂いが気になるなら食べなければいいだけの話しである。

小生などは、水に晒してビチャビチャのネギを三つぶくらい
出してくる店は、反対に誠意のない店だなと固く信じて疑わない。
水に晒す作業など大した手間ではない。
キャベツもそうだが、ネギも晒せば倍増する。
ネギの相場が高い時など、そうしたくなることもある。

機械カッターで出来るだけ薄くスライスしたびちゃびちゃのネギを
いつの頃から、有り難くし当然としてしまったのだろう。

この記事はオマケに援用文として、上野の某店の談話を載せている。
その店は、蕎麦の香りを楽しんでもらうために、あえてネギを出していないそうである。
小生はこういう店を信用しない。
蕎麦の香りなど製麺作業中にかすかに感じることもある・・という程度である。
「あえてネギを出しません」という事が宣伝にもなり、薬味の煩わしい作業から
解放されるならば、このお店の戦略勝ちであろう。

蕎麦の香りを感じたことがない・・と言う方。
貴方は間違ってません。殆んどの方はそのはずです。




posted by 山口屋散人 at 23:13| Comment(3) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2005年05月31日

蕎麦屋のオヤジは

kamado

有り合せの道具で何を作っているのかと言うと
そば釜の石油バーナーの部品である。
缶コーヒーの空き缶を利用して細工する。
(空き缶は近所の自販機から拾ってくる)
→(缶コーヒーは殆んど飲まないので)
→(拾っているのを人に見られるとヤバイ)

何故、こんなことするのかと言えば、そば釜の部品は
ほとんどがハンドメイドのためバカ高いからだ。
只の空き缶を細工すれば、上手くいって2ヶ月は持つ。
時々、釜の底の煤払いを兼ねて作ればよい。

石油バーナーは消耗部品であるので
釜屋さんは「長持ちしてますねぇ」と感心しているが
「そうねぇ」と空とぼけている。
蕎麦屋のオヤジをあなどるでないぞぉ。
posted by 山口屋散人 at 23:09| Comment(1) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2005年05月12日

磨いても光らず

例年、五月の連休を過ぎるとドーンと蕎麦粉の質が落ちる。
今年の場合、去年の不作のため、中国産の粉を相当量混ぜてあるそうである。
そのせいか、ドドーンと落ちた。
食べても旨くない。特有の甘味もない。
コシもない。ただ固いだけのような蕎麦だ。

では、国内産を使えばいいじゃないか、というと
そう単純なことではすまない。
少し古い数字だが、国内消費量12万トン、うち国内生産量2万トンである。
しかし、国内産として流通している蕎麦粉は4〜5万トンと言われている。
そうとう力のある蕎麦屋でないと、良質の粉を求めるのは困難だ。

ここ一月あまり、思いつく限りのことを試してみた。
加水率、練り具合、その他。
やってみて、思い当たった。
この蕎麦粉は水分含有率が低いのではないか。
いわゆる「風邪をひいている」というやつだ。

何年か前、県内の某地で新蕎麦祭りをやった時の裏話がある。
東京の有名蕎麦店の名人と言われる人が呼ばれて、その技を披露することになった。
地元の人間がその時、悪戯をしたのである。
蕎麦粉にわざわざ「風邪をひかせ」たのである。
名人、一度でつながらず、「あれ?」と言いながら、二度三度とやったそうである。
それを地元の人間がくすくす笑ってみていたというのだ。
気分の良い話ではないが、そのことを思い出した。

「風邪をひいた」蕎麦粉は元にはもどらない。
まりりんもんろーノーリターンなのである。

とはいえ、明日もまた蕎麦をつくらねばならない。

それでなくとも
気難しい、愛想がない、きぶくさい、と言われている
小生が、ますますそうなってしまうでないの。ねぇ。
posted by 山口屋散人 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2005年04月21日

何でだ?

毎年のことながら、四月になると店の様子が変わる。
どういう訳か、常連のお客さんが引っ込み、知らない顔ぶれが増える。
どうかすると、昼時にそういうお客さんで埋まるときがある。

仕方がないのだが、お互いにやりずらい。
店には店の暗黙のルールみたいなものもある。
それこそ阿吽の呼吸みたいなものだ。

新しいお客さんにしたって、この店がどれほどのものか、
味や値段、雰囲気や客層などを推し量っているに違いない。

お店の側としては、見当違いの注文が多くて困ることもある。
慣れてくれば、やがては大体落ち着くところに落ち着くのだが。

当店のメニュー品目は30以上はあるだろう。
しかし、全品高水準というわけにはいかない。
これはかなりイケルけど、これはマアマアくらい・・
密かな自信の品もあるにはあるが、積極的には
お奨めしたくない品もある。

ankosoba

そのお奨めしたくない品を、連れてきた新人さんに
「ここのお店はこれが旨いんだよ」と勧める人もいる。
(アジャー、 やめてくれぇ〜)とついつい思うこともある。

そうかと思うと、人にこれが・・と勧めておいて、自分は
別なものを注文するお客さんもいる。 なんでだ
posted by 山口屋散人 at 00:57| Comment(3) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする