2004年05月27日

さにあらず?



utimomo

「なぁ、お前も素直な性格で頭も良かったのに、なぁ、豚のなかでは美男子だったのに、なぁ、ただの肉になっちまって、なぁ」
と、ぶつぶつ呟いていると、女房が「やめて〜!」と叫びます。

utimomo maki

ラーメンに使うチャーシューの肉で、「部位」は「内もも」。
小錦の内股からはみ出している部分なのかも?と思いながら、これを切る役目はいつの間にか私になってしまいました。

utimomo dekiagari

最近のラーメン屋さんはチャーシューには「バラ肉」をまいたものや、「肩ロース」を使うことが多いようで、しかも角煮みたいに柔らかくしますね。コストを考えればその方がずっと良いのですが、今更変えるわけにもいかず、旧来どうりのやり方です。

これを煮た醤油は、カメ(甕)に溜められて、いずれラーメンのタレになるわけです。


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2004年05月24日

スープ?

ちょっと前にラーメンブームといわれる時期があった。
その時に論争したことがある。
ラーメンは「麺」か「スープ」か、という内容である。
論争相手はラーメンは「スープ」である、と主張する。
対抗上、こちらは「麺」である、と主張してディベートとあいなる。

「スープ」を飲むための「麺」であるわけでもなく、
「麺」を食うための「スープ」であるわけであるから、
どちらが「主」でどちらが「従」であるかは明らかである。

ところで、当店の場合、材料には事欠かないので、
馬鹿げた実験をやってみたことがあった。
ラーメンのスープで蕎麦、叉はうどんを食う。
蕎麦のタレでラーメン(中華麺)を食べてみる、という実験である。

ラーメンのスープで蕎麦を食う。(二度とやらない)
ラーメンのスープでうどんを食う。(知んに人にいっきあったみてぇだった)
蕎麦のタレでラーメン(中華麺)を食う。(思ったほど悪くない)

で、ラーメンは麺か、スープか、という論争の結末だが、
「麺もスープもだ」という踏ん切りの悪い結論になってしまった。

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2004年05月19日

タレ?そのU

 
 蕎麦の産地、会津地方の人々は蕎麦そのものには大変こだわるようですが、タレについては「エー!」というくらい淡白です。蕎麦さえ良ければただの醤油があればよい、という方もおり、大根おろしがあればなおさら結構、という具合です。
そのため都市部に住む観光客にとっては「タレ」が不満のタネになっているようです。

タレというのは、一般的に言いますと、「だし」と「かえし」を混ぜ合わせることで造ります。

「かえし」とは醤油に味醂と砂糖を加えて造ります。
火にかけて一度沸騰させるのが「本かえし」と呼び、
そのまま溶けるにまかせるのが「生かえし」と言います。

当店の場合は「本かえし」です。
なめてみると「しょっぺ、うすら甘い」だけです。
同じく、鰹節を主体として取る「だし」は小皿に取って、
口に含んでみますと「なまぐせぇ〜!」だけです。

この「かえし」を「だし」で割ると(実際にはだしのタンクにかえしを加えます)「タレ」になるわけですが、つくづく誰が考え出したんだろうと思うくらい「別物」に変身してしまうのです。

この「だし」と「かえし」は温用と冷用とそれぞれ二種類つくります。
「だし」は濃さの違い。「かえし」は砂糖と味醂の濃さの違いになります。

今まで二度ほど冷用の「だし」に温用の「かえし」を間違えて合わせたことがあります。(犯人は女房ドノ)
そこからは如何にしても修正不可能のため、廃棄するしかありませんでした。


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2004年05月18日

ショウユ?

和食に限らず、日本人にはかかせない醤油。

以前見たTVでスマップのキムタクが、正装した食事の場面でポケットから小瓶を取り出し「マイ・ショウユ」。

子供の頃から慣れ親しんだ味。醤油はおおげさに言えばソウルフーズなのかもしれません。

蕎麦屋のタレも醤油は大きな比重を占めています。
ヒゲタ、キッコウマン、ヤマサ、マルキン、ヒガシマル、といった大手メーカーから地元の小メーカーも数限りなくあります。
その中の何を選んで使うか、何が自分の蕎麦と相性が良いか、見極めなくてはなりません。

我が店の場合、先代からのままですので、そんな心配はありません。
○○の薄口と△△の濃口を何対何という割合で合わせます。
これが我が店の独自のオリジナル?醤油となるわけです。


この醤油で育った我が豚娘たちも、これでないとダメらしく、それぞれ自分のアパートなどに持ち帰るところをみると、この呪縛から逃れるのは容易ではないのかもしれません。


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2004年05月17日

タレ?

 ある人が新聞のコラムを書くことになって、大宅壮一を訪ね、コラムの秘訣を聞いたところ、「早く自分のタレをつくることだな」と答えたそうです。
自分のスタイルとか型とか言わないで「タレ」をつくれというのは、なんともまぁ面白い表現です。
この「タレ」が蕎麦のを想定したものかどうかは分かりません。(納豆のパックに入っているのも「タレ」だしね。)

タレ」「シル」「ツユ
実に色々な言い方がありますが、要は同じことです。
しかし、個人的にはこだわっている蕎麦屋さんもいます。
暖かいタレは「甘汁(あまじる)」 冷たいタレは「辛汁(からじる)」と使い分けする店。
同様に「うどんタレ」 「そばツユ」と呼び、これ以外は誤用であるとする蕎麦屋のおやじ(ジジイ)もいます。

小生の店は三代目とは言いながら、町の蕎麦屋ですからいい加減です。
「あったかいタレ」 「冷やダレ」と長ったらしく呼んでいます。
長くてちょっと不便な気もしますが、確実に相方に伝わるということで使っています。
「あったかい方のダシがないよ」とか「冷たい方のカエシがないよ」とかいうふうに。

世に相当の道具を揃え、手打ちそばを楽しむ方が増えているそうです。結構なことだと思います。
けれど、「タレ」をも造っているというのはあまり聞きません。
こんなのは「絵」にならないのでしょうか。
蕎麦粉百%で手打ちに挑戦しているほどなら、簡単なんですけどね。
「自分の家のお気に入りの醤油を使って、タレをつくってみなはれ」


posted by 山口屋散人 at 23:39| 福島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2004年05月15日

期待せず?

「○○でいいや」とちょっと投げやりな(プラス横柄な)調子で注文するお客さんがいます。これは切れてます、それも切れてますとお断りしたあげくではなく、最初からこう言うのです。

お気に入りのメニューが無かったのかも知れませんが、
(こんな店どうせまずいにちがいない)
という気持ちがカラスのフンドシ(見え見え)です。

こういうお客さんはけっこういますので、気にもしませんが、
手抜きはしなくても、気乗りがしないのも事実です。

でも、中には一口二口蕎麦をすすってから、急にメニュー表を見直したり、店内を眺め回すお客さんがいます。
そして、お勘定の時に「おいしかったです」と言っていったり、言わないまでも「御馳走さまでした」と丁寧にのべていかれる方もいます。

期待しないで入ったお店が意外においしかったりすると嬉しくなります。

小生にも経験があります。郡山市での話です。
何かの折、目に付いた蕎麦屋さんに入りました。玉子とじ蕎麦をたのみましたが、レベルの高い蕎麦とタレで、「これはうまい」と感心しました。

この店は何と言う店なのだろうとメニューを見ましたが、書いてありません。店内も普通の作りです。
お勘定を払って、表に出て、看板を見上げました。
勇屋」とありました。

「あぁ、祓川さんのお店だったか」(親しく話をしたことはありませんが、存じ上げている方でした。)
10年ほど前のことです。
その後、二度ほど何人かと一緒にお酒を飲む機会がありましたが、その時の話はしたことがありません。

今は店を喜久田の方に移転されていますが、まだ行く機会に恵まれていません。




posted by 山口屋散人 at 00:08| 福島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2004年05月11日

クリスティ?

 毎日午前11時半になると暖簾を出します。
12時になる前に満席(椅子の7割)になる時があります。
これは良い兆候ではありません。
こういう時は後が続かないのです。(何故か不思議に)
そうして12時半にアガサ・クリスティの世界(そして誰もいなくなった)
になることがあります。

商売ですからそれは仕方の無いことなのですが、
そういう時に限って(これまた不思議なことに)
初めて来店されたようなお客さんが来るのです。

何が困るかと言うと、
そういうお客さんは「不安がる」のです。
「あれ?もしかしてヤバイ店に入ってしまったのかな」
という具合に・・・
そして「何を食べたら安全だろうか」という風に
一所懸命メニュー表を睨めっこしています。

挙句の果ては困りきって、
「何がおすすめですか?」とこちらに全権をゆだねる方もいます。
そうすれば、腹痛は起こさないで済むかも・・と考えるのでしょうか。

こういう時の助けの神は、いつものお客さんです。
入ってくるなり、「あれ?どうしたの。珍しいね。」
などと言ってくれると、くだんのお客様も肩の力が抜けます。

知らない小さなお店に入るのには大きな勇気がいりますな。




posted by 山口屋散人 at 23:03| 福島 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2004年04月06日

標準木?

 季節の端境期は麺類を扱う商売にとって、まったくもってやりづらい。
ちょっと暑いと「冷しラーメンはま〜だ?」とくる。
かと思うと次の日には雪が舞ったりして、鍋焼きうどんなんかをせっせと作らされる。
概して、「まだか、まだか」と季節の先取りをするお客さんに限って、シーズンインと共にあれだけ騒いだくせにさっぱり食べなくなるのだから不思議なものだ。そしてシーズン終了間際になると「まだ出来るよね」とばかりまたぞろ騒ぎ立てる。
こういうお客さんの言うことは、正直言ってあまり聞く耳を持たない。翻弄されるだけのことだ。

 季節メニュー、例えば「冷しラーメン」を例に取ると、準備だけで1週間から10日かかる。食器の入れ替えもあるが、スープ(タレ?)の熟成に1週間は必要なのだ。作ったばかりのスープは味がとんがっている。味にまるみが出るまで寝かせる。(な〜んて言うと、一流の店みたいでちとハヂカシイ)
それに麺自体の作り方も変わる。温冷どちらかに標準を合わせて作るわけだから、予想が狂って逆に来た時は店もお客さんも悲惨である。

 桜の開花宣言をする時は、標準木というのがあるそうだ。この地区でただ一本の標準木。実はお店にとっては、標準木ならぬ標準人と呼べるお客さんがいる。このお客さんが言い出したら、「GO!」という人だ。
その話を同業者としたら、やはりそれらしいお客さんがいる、とのこと。みんな同じようなもんなんだなヤ。
posted by 山口屋散人 at 21:49| 福島 | Comment(8) | TrackBack(2) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2004年04月04日

十割そば?

 ここ十年のことだろうと思う。
「十割そば」という表示なり看板を見かける様になった。

 最初、意味が分からなかった。
多分、挽きぐるみ(全粒粉)を使った蕎麦かなぁ、と漠然と考えていた。
ある時、四代目の蕎麦屋さんに聞いてみた。
「実は俺も知らないんだ。」
蕎麦屋の三代目(私)も四代目も知らない言葉であった。

 そもそも蕎麦屋の用語は出典不明なものが多い。
さも伝統がありそうに装っているものの、現代の造語が多い。
「十割そば」とは要するに100%そば粉だけで打った蕎麦らしい。
多分、どっかの経営コンサルタントが考え出し、広まったものではないのだろうか。既存の蕎麦屋との違いを出すためには、ある程度意表をついたキャッチコピーが必要だったのだろう。

 さて、旧農林規格(JAS)では、蕎麦と表示していいのは20%以上の蕎麦粉を含むものである。蕎麦の商いを営む者がどんな蕎麦をつくろうと、それはその基準さえクリアしていれば良いのであって、それぞれ己の信ずるところに進めばよい。

 然しながら、ちとカチンとくるコピーが付属していることが多い。
「繋ぎなど一切使わない本物(本当)の蕎麦」
最初に断っておくが、小麦粉を繋ぎに使うのは、そうしないと繋がらないためではない。その方が美味しいと思うからで、何割の繋ぎを使うかはその蕎麦屋の考えしだいである。

 二八蕎麦とよく言われる。
一般的には繋ぎが二で蕎麦粉が八とか、また価格が16文であったため二八16からきたとの説がある。さらには逆二八という説さえある。実際小麦粉の割合の高いほど上等とされた時代もあったのである。赤穂浪士の討ち入りから50年後、当時の流行の蕎麦屋の記録がある。小麦粉4升に蕎麦粉1升の割りとある。(これぞ逆二八である)
では、本当の蕎麦とは何なのだ?
そんなものは無いのである。原点はある。原始の蕎麦と言うべきや。

 繋ぎ無しと繋ぎ有りの技術的な困難度は、
「有り」が一次関数なら「無し」が二次関数程度かな?

posted by 山口屋散人 at 01:37| 福島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 麺類学 | 更新情報をチェックする

2004年03月19日

蕎麦屋の技量判定法?

 格言
 「蕎麦を見るならモリ蕎麦
  味を見るならカケ蕎麦
  腕を見るなら玉子とじ」

 他の商売に比して、蕎麦屋には格言なるものが多い。
蕎麦屋自身のための心得のようなものから、蕎麦通が遊び心半分で後進に教え示すものに大別される。

 上記の格言はその後者に当たるものである。

それでは検証してみよう。

 「蕎麦を見るならモリ蕎麦
   一番ごまかしが効かないのは確か。
   何も身に纏っていない素裸のままである。
   自信のある蕎麦屋は「モリ一本でいきたい」と言う。

 「味を見るならカケ蕎麦
   冷たいタレ(そばつゆ)はある程度ごまかせる。
   塩分の濃度が高いためで、それよりも2〜3倍の
   薄さの温汁はダシとカエシの良し悪しが出やすいと言える。
 
 「腕を見るなら玉子とじ
   よくぞ玉子とじと言い切ったものだ。
   タレを汚さずに仕上げるのはタイミングと火加減の
   バランスが要求される、単純にして実は高度の技術である。
   これが上手くない蕎麦屋は「まわれ右!」してよろしい
   という、厳しい判定法である。(私は時々へぐる) 
   また、玉子とじ蕎麦は比較的安価である。
   安価だからと手抜きする蕎麦屋は「やめとけ」ということか。
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2004年03月18日

山葵(わさび)

 もり、ざる、せいろ蕎麦と名称こそ違え、冷たい蕎麦には必ず付いてくるワサビ。いったいこれはどの様に使えばよいのだろうか。

うちの店のお客さんの場合、4通りに分かれる。
1 まったく使わない
2 最初から汁にとく
3 蕎麦の上にこすり付けて、然る後、汁につける
4 蕎麦猪口の上部につけ、汁を付けた後、ちょっと接触させる

 では、蕎麦屋自身はどうなのだろうか?
飲み会で話題の一つになったことがある。
メンバーは御山角屋(県理事長)西口喜多屋(次期福島の組合長内定)サンキスト(残念ながら蕎麦屋ではないが)の各氏と私の4人である。
 
 結論から言うと”全員使わない

御山角屋さんに到っては「本当は出したくない」とのたまう。
そばつゆが台無しになってしまうと言うのだ。(サモアリナン)

然しながら、本ワサビと鮫皮のおろし器を恭しく出す店も一方では存在する。別な機会に、そうするお店の旦那に聞いてみた。
「もちろん使うぅー。旨いよ、本ワサビは。」「・・・・・」
別な蕎麦屋さんにも聞いてみた。「使います」「・・・・・」

蕎麦屋自身は≪使わない≫という仮説はもろくも崩れ去った。

ワサビは薬味、香辛料の類であるから使い勝手はお客さんの自由ではある。とは言っても、2の最初から汁にとく、というお客さんは、次回からは緊張感を持って蕎麦を茹でてもらえないかも知れませんナ。
posted by 山口屋散人 at 22:24| 福島 ☁| Comment(7) | TrackBack(1) | 麺類学 | 更新情報をチェックする